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あまりにも突然のことに、美空は固まって見ていることしかできない。その間にも彼は切れ端を半分、また半分に切り裂いていく。
「な、なんで……」
強ばった喉をなんとか急き立てて、美空がようやっとそれだけを口にすると、彼は手の中に残った破片を床に払い落として美空から顔をそむけた。
「こんなもん、見たくなかった。つか、あそこに立ってるの見られて、しかも絵にされてたとか。最悪」
「そ、んな」
彼は言い捨てると、それ以上のやりとりを拒絶するように、美空から離れていった。周りにいた女子部員たちも、ちらちらと美空を気にしながら彼についていく。唯一竹本だけが、部長としての義務感からか、床に散らばった紙片をかき集めるのを手伝ってくれた。けれど、彼女だって、美空と特に親しいわけでもないのだ。
竹本は最後の一欠片を拾い上げ、美空の手に乗せる。そして少し言いにくそうにしながら、
「勝手に絵のモデルにしちゃったのは、あんまりいいことじゃなかったね……」
とたしなめて、彼のほうに去っていった。
美空は置き去りにされたスケッチブックとばらばらになった絵の残骸を持って、とぼとぼと自分の定位置に戻る。イーゼルの脇に寄せていた机にそれらを置き、しばらく放心していた。
一体なにが起きたのか、分からない。
もしかすると美空の絵は、彼の他人に踏み込まれたくない部分を知らず知らずのうちに踏み荒らしてしまっていたのだろうか。
「私の、絵が……」
誰かに理解されるような作品を描きたいと思っただけなのに、傷つけてしまうなんて。理解されないより、もっと酷い。
感情の見えにくい美空の瞳から、雫が一つ、ぽとりと落ちた。
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