歩み寄り

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 美空はもう一度窓の外を見た。桜の向こうには、緑のネットが張ってある。ボールがグラウンドの外に飛んでいくのを防ぐためのものだ。ネットのさらに奥側のグラウンドが、野球部の練習場である。野球部のメンバーに見つからず練習を眺めるなら、木の影はまさにうってつけだっただろう。 「まだ、気持ちの整理がついてないみたい。なんか持て余してるみたいだったから、美術部に誘ったの。こっちは助かるし、浅井くんも気晴らしになるかと思って――だから、野球部を思い出させることは、あんまり……」  美空は、竹本の言葉をゆっくり、咀嚼した。そして、こくり、としっかり頷く。 「私の……順番。飛ばして、いいです……」 「うん。ごめんね、ありがとう」  モデルデッサンの集まりに戻っていく竹本の背中を目で追って、美空は部員たちの真ん中に座って談笑している悠祐を視界に捉えた。  彼が桜の下で見ていたのは、野球部だった。憂い顔の原因は、不本意に辞めてしまった野球への未練だった。  葉山が出した宿題の答えの一つである。だけど、それを知って、美空の描くものはなにかが変わるのだろうか。そもそも、モデルに拒否された以上、あの絵を完成させることができるのかも分からない。  美空はイーゼルに乗せていたスケッチブックを手に取り、パラパラとページをめくった。一番最後に悠祐を描いたスケッチは破り捨てられてしまったが、同じような絵を何枚も描いていたため、他は残っている。  どの絵を見ても、ポーズこそ違えど、悠祐の表情は同じだ。哀愁を漂わせて、美空の心を惹きつける。  美空がこれほど彼が気になってしまうのは、どうしてなのだろう。完成させることはなくとも、せめてそれさえ掴めれば、美空の絵は変わるのかもしれない。  自分のスケッチブックを飽きることなく見続けて、美空はまた自己の内側に深く沈みこんでいく。  周りが全く見えなくなっていたから、突然声をかけられて、しかもそれが男性の低い声だったので、美空の身体はびくっと震えた。
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