愛の日には、苦い薬を……

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「俺は別に小雪ちゃんに騙されて、そのまま凍り付いても良かったんだけどな……」 「あんさんだけ逃げるのはズルいわ……」  サクリと雪を踏みしめる音がして、聞きあきた声が聞こえる。 「……兄者」 「こんなややこしい事に巻き込んだんは、私のせいやけど、せやかてこんな形でいなくなられたら、気ぃ悪いわ……」  そう呟く兄のセリフに、慈英は肩を竦めて笑う。 「せやね、俺だけ先にいなくなったら、兄者が困るか」 「別に困りはせえへんけどな……ああ、お館様には話してきた。後は何なりと処理してくれると思うわ」  慈英はそんな事を言う兄の顔をちらっと見て、また残っていたチョコを取り出して食べる。 「……苦っ。美味しくないっ」  正直言えば、慈英はミルクチョコレートが好きだ。ジェイには似合わないから、甘いのは苦手とか言っているけれど。 「さっさと食べよし。しっかし雪女がおらんようになっても、流石に寒いなあ……」  ふるりと暁月が体を震わせる。はぁっとつく吐息はやっぱり白い。 「……せや、最近きつねうどんの上手い店が出来たって 烏丸豆腐店の店主に聞いたんやったわ。」  ちらりと暁月が視線を慈英に向ける。 「なんや烏丸豆腐店の揚げを使ってて、出汁がしみてて上手い京風のうどんらしいわ……結構遅くまでやっているらしいんやけど」  揚げは慈英の好物だが、京風きつねうどんとなれば、さらに最強に慈英の好きな食べ物だ。  見えないはずの耳がピクンと動いた気がして、暁月は小さく笑みを浮かべる。 「……そのチョコ食べたら、食べにいこか。私も今日は動き回りすぎて夕餉を取りそこねてしもたからな」  暁月の言葉に、苦いチョコを口に入れてもぐもぐと味わいながら、慈英は小さく頷く。 「はあ。今年のヴァレンタインデーも変わり映えせえへんかったな……」  零す慈英の向こうには、晴れていく雪雲の合間から、寝待月がゆっくり昇ってくる。普段ならもう熟睡している時間やけど、たまにはこんな日もええやろと、暁月はチョコを食べ終えた慈英を確認して、キラキラと月明かりに光る明るい雪を踏み、歩き始めた。    ── 終 ──
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