愛の日には、苦い薬を……

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「猫、お仕事終わったにゃ。慈英、送ってにゃ」  仕事を終え、目的の慈英にまで会えて機嫌のよい猫は、慈英の腕に腕を絡みつかせるようにする。 「送るのとか、いややわ」 「なんでやっ」 「だって、猫と一緒に歩くと、どこの援交ヤローか、キャバクラのキャッチか、って顔されて見られるやんか」  確かに一見美少女風味の女子高生と、派手な慈英の組み合わせは、どう見ても真っ当には見えない。思わず暁月が小さく笑みを零すと、ぎろっと猫に睨まれた。 「ま、せっかく仕事の手紙を持ってきてくれたんや。すぐそこまで送って来たらええやんか。ああ、今日は烏丸豆腐店の油揚げ買うてきてあるから、夕食は家で食べて行きや。夕刻まで、ちょっと形代に頼んで、あちこち探ってきてもらう事にしとくわ」  すでに冬の日は落ち始めている。それでも二月に入って少しずつ日も長くなってきて、気配すら見えないが、春は近づいてきているのだ。いやいや猫を送りに出た慈英を見送りながら、暁月は懐からいつも通り形代を取り出して、空中に放り投げると、みるみるそれは一つずつ立ち上がる様に動きはじめ、慈英の姿に形を変えていくと、忠実な部下の様に一斉に暁月の元に集まってくる。 「あんさんら、悪いんやけど、この東京の街の中に散らばって、不思議なこととか気になることを集めてきてくれへんかな。なんや寒すぎるんのと、人があちこちで消えてるらしいんで、そこら辺を中心に色々わかったら嬉しいんやけど……」  どの形代も、暁月の言葉を一生懸命聞くと、うんうんと一斉に頷く。そして暁月の手が翻ると同時に、一斉に街中に散らばっていく。 「さてと。私の方は湯豆腐の準備でも……」  猫を送って来たら、慈英も戻ってくるだろう。 「……寒い日は湯豆腐に限る……」  予定外の訪問者のせいで少し遅くなったが、暁月は早速夕食を作り始めたのだった。
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