愛の日には、苦い薬を……

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「ねえ、小雪の事、誰にも話してない?」  小雪はぎゅっと慈英の腕に手を回すと、寄り添うようにして歩き始めた。 「うん、話してないよ」 「そか……今日、小雪と一緒に過ごすって、誰にも言ってない?」  今日も東京は雪景色だ。気づけばいつも遊びに来る公園にきて、四阿の下のベンチに二人で座る。 「うん大丈夫。誰にも言ってない」 「……ジェイさん、小雪と一緒に過ごす事にして、本当に良かったのかな」 「今日はバレンタインデーだからね。小雪ちゃんに他の男とは過ごして欲しくなかったから」  きっとこんなセリフを言っていると知られたら、暁月には『よその国の習慣ばっかりしたがるんやな』と呆れたように言われるに違いない。  それでもバレンタインデーの小雪を独り占めできて、慈英はどこかほっとしている。 (恋って不思議だなあ……)  考えていることは相当能天気だ。 「……あ。そうだ」  そんな頬を緩めている慈英をみながら、ふと思い出したみたいに、小雪が小さなバックから、小さな紙袋に入った、何かを出してくる。 「これ、バレンタインデーだから」  そう言って小雪が渡してくれたのは、どうやらチョコレートみたいだった。 「これ、俺がもらっていいの?」  俺の言葉に小雪ちゃんは少しだけ難しい顔をしながらも小さく頷く。 「……もし、小雪にジェイさんの全部をくれるなら、もらっていいよ」 「うん、全部上げるよ」  何一つためらわず、笑って慈英は答える。今すぐ可愛らしくラッピングされた包みを開けていいものか、少し迷っていると。 「あのね……小雪、ジェイさんに話したいことがあるんだ」  小雪は固い声で、慈英に告げた。 「……何?」  その言葉に、チョコを食べるのは後にしようと、慈英はコートのポケットにチョコをしまう。四阿の下は屋根があるから雪は落ちてこない。けれど、徐々に雪は本格的に、世界を真っ白に染め上げていく。
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