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「暁月さん、どうしたの?」
このあたりは地名で言えば相当な都会なはずなのに、それでもこんな店が残っている。まあ、店主は『意地と根性で続けている』らしいけれど、それはそれで江戸っ子気質が残っていて、心地いいと、暁月は思っている。
とはいえ、今、暁月に声を掛けてきたのは、烏丸豆腐店の店主ではなく、娘の烏丸なごみだ。
「いやようさん、雪が降って寒いから、今日は湯豆腐にでもしよかな、と思って……」
それに、ここの油揚げは慈英の一番の好物だ。近頃スーパーやなにかで豆腐は買えても、毎日早朝から豆腐を作り、豆腐を切って薄あげを作っているような、誠実な店はここら辺ではこの店しか残ってない。昔は鍋を下げて豆腐を買いにきたもんやけど……とあっさり数十年前の事を思い出して、あの頃は店主の祖父の代だったな、などと思い出す。
まあ味は抜群にいいので、この周辺に多い料亭や高級店では、ここの豆腐でなければ、と言っている店も多く、売り上げは十分にあるらしいが……。
「湯豆腐なら、絹でいいよね。いつもありがとう」
そういうと、なごみはにっこりと笑って、凍るように冷たい水の中に手を入れて、素早く豆腐を掬いだす。それをプラスチックの薄いケースに入れて、手早く包んでいく。暁月は、温かい昆布だしの中で、ゆらゆらと揺蕩う烏丸豆腐店の絹ごし豆腐を想像して、少し幸せな気持ちになっていた。湯豆腐は暁月の好物なのだ。
「後、油揚げもいるよね?」
その言葉に頷くと、なごみはいつものように油揚げを5枚包んでくれた。きっと慈英が喜ぶだろうと思うと、ほんのちょっと嬉しくなる。そんな様子に、なごみは小さな笑みを浮かべた。なんだかんだと弟思いの兄なのだ、となごみには既にばれている。
「弟さんの好物なんだよね。うちの油揚げ」
くすっとからかう様に言われて、暁月は珍しく困ったように微かに目元を赤らめ、視線を泳がせる。そんな様子を見て、なごみはさらに瞳を細めた。
「暁月さん、薄着なんだから、風邪ひかないように気を付けてね。……ってまた雪?」
着物で歩き回っている暁月を見て、なごみは空を見上げる。灰色の空からは、ちらちらとまた雪が落ちてきていた。思わず眉をしかめた生粋の江戸っ子の娘はため息をつく。
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