#十二月の朝から始まった

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「確か細身の包丁で、長さは二十センチを超えていたような気がします。柄の色や形は覚えていません。」 「もしかしたら、無罪放免というわけには行きませんが、正当防衛が認められるかもしれませんよ。」 弁護士が言った話がよく解らなかったのだが、その後の取調べで刑事が持ってきた、いわゆる【犯行に使われた凶器】というのが、ボクに見覚えのない包丁だったのである。 その後、ホストクラブの店長やスタッフなどの証言により、ボクの正当防衛が立証されることとなり、少なくとも殺人罪や傷害致死罪などは免れることとなったのである。 弁護士から聞いたところの顛末はこうである。 ボクは包丁を持って店内に侵入した。そしてヤツを見つけると、ヤツに向かって一目散に駆け出したが、その間にいた他の店員に包丁を叩き落され、逆に両の腕を羽交い絞めにされてしまった。さらにヤツから何度か殴られ、蹴られているうちに、テーブルに備え付けてあったフォークが零れ落ちていて、それを手に触った弾みでボクが掴んだ。その様子を見たヤツはキッチンに駆け込み、包丁を持ってきて逆にボクを刺そうとした。ヤツも相当狼狽していたに違いない、頭の上まで振りかぶってから振り下ろした包丁は、ボクの目の前をかすめて通過したが、その一撃が空を切った拍子にボクがヤツの両腕を掴んだ。そしてそのまま倒れこむようにもつれ合い、二人が包丁の奪い合いをしている最中に、包丁の切っ先がヤツの胸板を貫いた・・・。ということらしい。 ボクの両腕の傷はその時にできたものだという。さらにヤツがボクに包丁を向けた時には既にボクの手からはフォークが取り上げられていたことも、店長他のスタッフたちから証言されている。 つまりは、状況だけで言うと、何も持たないボクに対して凶器を持ったヤツが襲い、それを防ごうとしている間に起こった行為だと見なされたのである。 しかしながら、店内に侵入したことは明らかに不法侵入であるので、この分については罪を認めざるを得なかった。 それでも結果的には店側が被害届を出さなかったこと、さらに弁護士から聞いた話によると、ヤツは店でも人気のホストではあったが、性格が横暴なため、店長や他のスタッフからの評判はすこぶる悪かったらしい。そういったことも、ボクを有利な方向に導いた要因となった。
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