或る夜

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或る夜

 高層ビル、輝かしいネオンと街を彩る宝石たち。アスファルトで舗装された街を今日も履き慣れた靴で帰路へと向かう。厚手のロングコートを身に纏い、首元に隙間無く巻かれたマフラー。口元を埋め、息を吐くと白く靄がかかる。手袋をしていても、今日は冷える。コートのポケットに手を入れ、身体を縮め、寒さと戦うことにした。  冷えた空気は、髪を伝い、地肌を刺激する。頬の周りに張り詰める空気。ふと空を見上げると、雪が降っていた。真上から降り注ぐ白い結晶。 「――嗚呼、明日電車動くのかな…。」  真っ先に電車のダイアを心配してしまうのは、社会人故の責任なのか、それとも幻想を抱かないほど大人になった証なのか。子供の頃、もし、自分が大都会に生まれ、雪の無い地域に居れば、この白い結晶を喜ぶだろうと思う。  口元を出しては寒い。マフラーに昨日買ったお気に入りの口紅が付いてしまうかもしれないが、そんなことを気にする余裕も無い。都会に慣れた身体は、もうこの寒さに耐えきれない。上京した時より、現代と都会に染まってしまったから。  会社から駅へと続く道。人は多い。皆足早に駅を目指していた。人とすれ違い、追い抜かされて行く。今日の夕食は何にしようか。そう考えていると、駅に到着する。  定期カードをかざし、改札を通る。匂いも、電気に照らされた床も、慣れた光景だ。通勤用の太い数㎝のヒールが鳴る。人の足音に飲まれ、自分の足音も聞こえない。そういえば今日、イヤホンをするのを忘れていた。  数分経てば、電車はやってくる。乗る人の波に合わせ、歩みを進める。20分もしない内に自宅最寄り駅まで到着するだろう。扉側に立ち、扉にもたれ掛かる。冬の日、日没の早い時期では、残業した帰りなど、当然の如く夜だった。  スマートフォンでSNSを確認する。友人の輝かしい活躍を見てしまった。お洒落なディナー、婚活、出会い、仕事。結婚、出産。人生って意外と出来事が多い。 「――あ、みーちゃん、またお洒落なお店行ってる。美味しそう…。行ってみようかな。」  友人の投稿にコメントを入れることにした。考える間も無く、指は動いて行く。何時から人は、言葉を発するのに、声より機械を使うようになったのか。訂正出来る文字は素晴らしい。そう思えるほど、内向的になっていた。子供の頃は、そうじゃなかったのに。
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