或る夜

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“とっても美味しそう!行ってみたいから詳細知りたいな!”  文字を数度読み返す。新人の頃、仕事でメールのミスをしてから、慎重過ぎるほど確認する癖が付いてしまった。年々勢いは消えて行く。思い立ったが吉日。そんな言葉、自分の辞書では二重線を引かれて消されてしまった。  コメントの入力を終え、スマートフォンを閉じると、窓に目が行った。電車内が明るいせいか、疲れた顔が硝子に写る。その先には、散りゆく雪。明日積もるのだろうか。嗚呼、そういえば、此方に来てから雪かきの道具は全く持ってきていない。 「――まぁ、いいか…。どうせ積もらないだろうし。」明日は早く起きて天気を確認しよう。可能なら早めに出社しよう。そう思っていると、自宅最寄り駅に到着した。  人が多い大通りを抜け、商店街で惣菜を買う。帰って自炊の一つをすればいいのに、便利になった現代は、簡単にそんな決意も義務も消し去っていく。コンビニで缶ビールを買って、適当におつまみも買っていく。今日放送するドラマはなんだろうか。先週の内容すらも思い出せない。  毎日が目まぐるしく変わっていって、今日、この場に追いつくのに必死だ。空を見上げると、暗い空。大都会の空は、明るく、星など見えない。落ちてくる白い塵を眺めた。雪って、何でこんな寂しいのだろうか。  手首に買い物袋を掛け、コートのポケットに手を入れたまま、足早に自宅を目指す。鍵を挿して、扉に入ると、暗い部屋だ。明かりを付けて、冷蔵庫にビールを入れて、電子レンジで惣菜を温める。此れが、毎日になる。休日になれば、自炊等の家事もするのに、平日は会社と自宅を往復する毎日になっている。其れが、正しい日常なのだと、言い聞かせている面もある。  食事を終え、缶ビールを飲みながら、テレビを呆然と見ていた。画面の先の明るい声は、右耳から左耳へと通り抜ける。おもむろにカーテンを開けて、ベランダを眺めると、狭いベランダには、微かに雪が積もっていた。 「――そういえば…、こんな雪でもはしゃいだ時期があったな…。」 思い出すのは、もう20年以上前のことだ。朝起きて、窓を眺めると、一面の銀世界。つなぎのようなウェアを着せられ、雪の中へと駆け巡る自分。雪の感触が楽しくて、みとんのような手袋で、雪を何度も押した。雪を丸めて、転がして行く。兄もやって来て、一緒に雪だるまを作った思い出がある。
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