翼持つ少女の旅立ち

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 そして旅立ちの日――  初めて人里へと旅立つセレイは、島全部のツバサビトから見送りを受けた。  目指すは、漁村を越えた遙か先にある、〈シャムル〉の王都。  どうせなら、色々なものが集まる都会のほうが良い、と考えたのだ。  実際、初めて訪れた大都市は、セレイが見てきた世界とはまるで違うものだった。  田舎の漁村とは比べものにならない、きめ細やかな薄茶色の漆喰に覆われた壁、濃茶の瓦で統一された屋根を持つ建築物で統一された町並み、祭でもないのに灯される、魔力をこめた提灯(ちょうちん)が昼間にも拘わらず赤々と揺らぎを伴う光に囲まれた大通りには、様々な人種、職業の人々や、沢山の荷を乗せた馬車が行き交い、その日の生を謳歌(おうか)していた。  また、都市の中央に聳える、尖った屋根を持つ美しい王城、その周囲を取り囲む、大小様々な金色に輝く仏像を並べた〈ナム教〉寺院や、彩色の施された神像の彫刻が各所に彫り込まれた〈ヤラモン〉神殿など、これまで見たこともない巨大建造物に目を奪われ、思わず羽ばたくのを忘れて墜落しそうにもなったくらいである。 「凄い、物も人も……綺麗なものがこんなに溢れている……!!」  初めて感じる驚きと喜びに興奮が冷めることなく、思わず、空中を何度も旋回し、急上昇や急降下を続けてはしゃいでしまうセレイの姿は、街行く人々の目にはまるで舞踊のように写ったかも知れない。  故郷の浜、そして海を初めて離れ、自身にとって長い飛行を続けたセレイにとって、その光景は、疲労をいやし、新たな生活へと飛び込んでいく自信と勇気を与えてくれるものだった。  時に、西方暦八〇六年――  暦を必要としないツバサビトとっては、無意味な数字であるのだが、一応、記しておくことにする。
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