動き出した[悪]と[善]

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「今日は、わざわざイバン大隊長が巡廻警邏(じゅんかいけいら)とは、お疲れ様です」  城壁とまでは言えないものの、望楼(ぼうろう)を備えた防護壁に囲まれた街の入り口に立つ、赤銅色の、まるで角のない雄牛(おうし)を思わせる、古めかしい騎士を模した円筒形の頭部を持つ鉄甲騎一騎と、それに追随(ついずい)する箱のような外観を持つ二騎の脚甲騎、そして騎兵五騎を出迎えている初老の人物は、ホドの街の町長のようだ。  その呼び掛けに答えるように、鉄甲騎が膝立ちとなり、直後、けたたましく鳴り響いていた駆動音を止めた後、胸板を上方に跳ね上げる。操縦室の扉を開いたのだ。 「町長殿、わざわざ出迎え、すまんな」  機体から顔を出したのは、辛うじて青年と呼べる年齢と思われる男であった。  小札(こざね)(つづ)った甲冑にその身を(よろ)い、「よっ」と軽く声を上げて操縦席から飛び降りたその人物――イバン大隊長は、ウルの山々に囲まれた〈ウライバ藩王国〉の入り口を守る〈ウーゴ砦守備隊〉の総指揮を司る。  美形とまでは言えないものの、その精悍(せいかん)な顔立ちにしっかりと肉付きの良い体躯(たいく)は、まさに(きた)え上げられた武人であり、それでいて、その一見優雅(ゆうが)ながらも、気取らない自然な立ち振る舞いから、本来の身分である[ウーゴ領主の子息にして王族の親戚]であることをひけらかすことがない、気さくな人柄であることが(うかが)える。  町長は用意した馬車に乗るようイバンを(うなが)す。鉄甲騎は、街の入り口にある詰め所で預かるのが共通の決まりであり、それは高貴な身分であっても例外はない。 「砦の守備隊は万年人手不足だ。特に鉄甲騎の乗り手が少ないのだから、たまには私がこうして出張らないと、部下に休みを与えることも出来ん」 「そんなことを言って、本当は、イバン卿が砦に籠もっているのがお嫌なのでしょう? 早いところ、妻を(めと)られ、落ち着いたらどうですか?」 「それは言わないでくれ、耳が痛い……」
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