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「広瀬……盗み聞きか?」
走り去った彼女の背中をおろおろしながら見送っていると、えらくドスの効いた低い声で名前を呼ばれた。
「違うわよ通りかかっただけ!」
失礼な!
って第一声が聞こえてから足は止まってたけどさ、わざとじゃない。
だってあれは止まるでしょ。
「それより来栖くん、早く追いかけた方がいいよ!」
来栖の顔を見れば、見事に右頬に赤い紅葉が咲いている。
戸川菜穂はどうやら左利きのようだ。
「こういうのはすぐに解決した方がいいって」
「いや。いい、もう」
「は? いいわけないでしょ彼女でしょ!?」
「彼女ならなんでも最優先なのかよ? もういいって」
来栖が、その場にしゃがみ込んで背中を丸めた。
いうならば、吹き荒れていたブリザードが、ひゅるるる、と萎んでいくイメージだ。
クールで来るもの拒まず去るもの追わず。
冷ややかな態度で、女が定着しない。
そんな「噂話」だった。
これが来栖和真か?
「……疲れた」
うん。
私の目にも、今、ただ疲れた男がそこにいるだけだった。
何があった来栖和真。
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