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よし、逃げろ、逃げるんだ。
誰でもいいというわけじゃないと言いながら、あっさりとお前に落ちたのだ。こんな男から逃げるがいい。
動かない根岸をしばらく観察していたが何かを言おうとしているわけでもなく、逃げようともしない。
俺はそのまま根岸を置いて歩き出した。
もう、ボロアパートには帰ってこないだろうと確信しながら。
翌日、目が覚めたら久しぶりに一人だった。
コーヒーの香りもしない、焦げた食パンの匂いだってしない。
男特有の臭さに笑う相手もいない。
起き上がって、良かったよかったと声に出して呟いた。
ようやく今まで通りの生活に戻ったのだ。酷い男に捨てられて、それでもなんとか足を動かし生きていく生活に。
男なんてゴロゴロいる。体だけの付き合いならそういうところへ行けばいい。
冷蔵庫をあけて、そこにコーヒー豆を見つけてすぐに扉をしめた。
ズキリと、心が痛んだのだ。よかったはずなのに。
「もう、いやだ」
何一つまともでない自分自身に嫌気がさす。
借金を押し付けられて捨てられて、人と違う性癖に絶望して流されて、人が怖いのに求めてしまう。
素直になれなくて、逃げてしまう。
あいつのためだと言いながら逃げる、卑怯な自分。
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