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第1章
随分と、寒くなったなあ。
そう思いながら晃は、帰路についていた。墨をたらしたかのような宵闇を、道に並ぶ街灯がほのかに照らしている。見事な満月と、白銀に煌めく雪とが相まってどこか懐かしくも遠い雰囲気を醸し出していた。
「今日は、なかなかの厄日だった。」
ため息混じりのその言葉を聞いている人はいない。それもその筈。とっくに日付の変わったこの時間帯に、暗い夜道を歩く様な者は、なかなかいないからだ。
公務員として働いている晃は、ここまで仕事が長びくことはそうそうないのだが、今日はとことん不幸が重なっていた。
いつも自転車で出勤している晃だが、今朝見ると前輪が見事にパンクしている。仕方なく電車で行こうと駅までを歩いていると、道に迷う老女を発見。お人好しな性格が災いして、駅までの道を付き添った。それにより、乗る電車が遅れたのは問題なかった。もとより十分に余裕をもって計画を立てていた。
ここまではまだ、いい。
そして、彼の職場で事件が起きた。お役所仕事というのは融通がきかないものの代名詞だろう。そんな窓口に所謂〝頑固オヤジ〟と呼ばれる人が来たらどうなるか。
結果は簡単。部下である原口では手に負えず、晃が彼を担当することになった。
“出来ない”
“やれ”
の、堂々巡りだったが晃の必死の説得の結果、3時間後に彼は帰って行った。
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