旅する男

1/3
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/3ページ

旅する男

 旅する男は旅を続けていた。  いつごろから旅を続けているのかは誰も知らない。ただ男が旅をしているということだけは誰もが知っていた。  男の顔すら誰も知らない。ただその存在だけは誰もが知っていた。  誰かが、男は舌を抜かれており、それでしゃべることができないのだ。男が旅をしているのは、自分の舌を抜いた者を探し殺すことだと言った。それが本当なのかは誰も知らない。  ある冬の日。男を見かけたと語る男が酒場にやってきて、旅する男のことを語ると言った。  田舎町の酒場なので、強風に煽られた雪が窓を強くたたき、壁もぎしぎしと鳴っている。男は店の片隅にある古いストーブに手をかざしながら、酒を注文する。ほかの客は早く旅する男のことを聞きたくて、男を取り囲んでいた。  店主が男にウイスキーを手渡し、男は舐めるようにちびちびと酒を飲み、大きく息を吐きだすと、ゆっくりと語りだした。      ※         
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!