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 ぼんやりとアルバムを見つめる要司を、美津子が気遣わしげに見ているのが判った。けれど妻はこれまで一度も、要司の過去について無理に訊き出そうとはしなかった。  言葉にせずとも滲み出る夫の屈託が、義兄の死に深く関わるものであると、この聡い妻はきっと気付いているだろう。  だが要司は、ただ事故で亡くなったとだけしか話していない。  兄のことは、誰にも語りたくなかった。誰かが言葉で兄に触れるのすら嫌だった。  要司はこの罪を独り占めしたかったのだ。  高校卒業後に家を出たあと、要司は運送会社に就職し、長距離貨物トラックの運転手になった。長距離ドライバーの仕事は、要司が思っていたよりもずっと過酷だった。何があっても時間厳守の世界で、常に睡魔、疲労、空腹と闘いながら、北から南へとひたすらに走った。  四十代後半になり体力が衰えてからは、タクシー会社へ転職した。そこでも無事故無違反を守り、数えきれないほどの客を乗せ、朝から深夜までハンドルを握り続けた。   そうやって四十七年間をがむしゃらに走り抜けた。長い、長い、それは「贖罪」だった。  そうして今、ゴールのテープを前にして、要司は自分の「成果」を少し離れた所から眺めている。この生活と、幸福な家族は、要司の人生の成果だ。  決して華やかとは言えない暮らし。  だが、妻や娘が笑っている。孫が育ってゆく。そんな穏やかでまっとうな幸せ。  兄は合格点をくれるだろうか――。
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