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「おはようございます。降ってきましたね」
同僚の関口が人懐こい目で笑いながらやってきて、自然な様子で乾拭きを手伝った。歳はずいぶん離れているが、乗務員の中でも特に気の合う男だ。
明朗で冗談ばかり言っているような奴だが、きちんと節度はわきまえている。そんな関口の性格が要司には心地よかった。
一方、自分が世話になる車は、愛情をもって磨いてやる、そんな要司の真面目で律儀な人柄は、長年に渡って後輩たちに慕われ、信頼されてきた。
中には、真面目にクソがつく、と揶揄する向きもないわけではないが。
なんにせよ、この仕事もあと僅かで終わる。それから先のことは、何も考えていなかった。
嘱託として勤務の延長も可能だと言われたが、長年のドライバー生活で腰に慢性的な痛みを抱え、視力の衰えも感じていた要司はそれを丁寧に断った。
今後は年金を受け取りながら、せいぜい分相応に慎ましく暮らせばいい。マンションのローンも終わった。片付けるべきことは、片付けたのだ。
要司は舞い落ちる雪を払うように、フロントガラスを磨く手に力を込めた。
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