始まり

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「これだけは分かってやって下さい。所帯を持つのはトシにはまだ早すぎるのです。 あいつは必ず何かを成し遂げる男なんです。…そこのところをどうか。」 いまだに納得のいかない様子の女だったが、 この場に長居するのも居心地が悪いので近藤は、 「それではそういう事で。」 といい席を立つ。 すると 「あの!」 と女に声を掛けられたので、 この茶屋の代金のことだと思った近藤は、 「いいんです、ここは私が払いますから。」 と言うと、 女は躊躇いながらも 「最後に一つお願いが…」 と食い下がってきた。 近藤は何かと思い 「はい…?」 と返事をすると、 女は 「聞いていただけますか?」 と確認をとるので、近藤は居住まいを正し話を聞く。 「はい。」 近藤が話をきく体制になると 「叩かせて下さい。一発。」 と女は、静かな怒りのこもる言葉を投げかけた。 近藤は逡巡したが、 事の発端は土方であると思い直し 「すぐに連れて参りましょう。」 すると女はあろうことか 「違うんです!…あの人は駄目。あんな綺麗な顔叩けない。」 そう言って静かに近藤を見据えた。 その意味を察した近藤は 「私ですか?!」 そう言うと女は 「このままじゃ悔しくて帰れないから!」 女の表情から心情を考え、一発で気がすむのならと 意を決して目をつむり衝撃に備え 「はいどうぞ!」 一瞬の間をおいて バシンっ! 頬に衝撃が走った。 目を開けると音に驚いた周りの客がこちらの様子を伺っていた。 女は近藤に一礼し去って行った。 自分が女を怒らせたわけではないにしろ、なんだか複雑な心境だ。 これも幼馴染の為と思うが、流石に精神へのダメージは大きい。 特に土方のような容姿の優れている男の痴情のもつれほど怖いものはない。 今回のようなことがそう何度も続けばさすがに近藤の身がもたない。 それに加えて今回のような事ですまない場合もある。 そうなれば近藤の手に負えないだろう。 近くにいる者として、土方にはもう少し身の振り方を考えて欲しいものだ。 女に殴られた後、茶屋に取り残されこれからの歳三の行く末を考え 一人悶々とする近藤であった。 「はぁ…」
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