始まり

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「かっちゃんには借りができちまったなぁ」 土方は悪びれる様子も無くそう言った。 「お前そろそろ改めないといずれ女で身を滅ぼすぞ」 土方からこの類の頼みを受けることが面倒だった近藤は本心から言った。 「わかってるよ。」 耳にタコができるほど聞いた近藤の台詞にうんざりしながら土方は答える。 「なんかないのか。女の尻ばっか追っかけてないで、 こう、生涯を掛けて打ち込めるものが… 男として生まれてきたからには…」 「ハハッ」 「なんだ。」 「いや、かっちゃんはいつだって真っ直ぐだな。」 まるで他人事のように言う。 「心配してるんだろう、お前のこと」 「そういう自分にはあるのかよ」 「何がだ」 「打ち込めるものだよ。」 一瞬間を置き近藤は決意のこもった目をして 「俺には道場がある。」 と言ったが、土方にはなんとも小さなことのように思えた。 「フフッ」 「今は貧乏道場だが、いずれは江戸一番の道場にしてみせる。」 土方が笑ったのは、道場の大きさどうのなどでは無く、 ”近藤勇”と言う男には小さすぎると思ったのだ。 しかしそんなことを言っても、 きっと近藤は取り合わないだろうから土方はそれ以上何も言わなかった。 「そうか」 すると意図を汲み取ったのかわからないが近藤は話を続ける。 「俺はちゃんと考えて生きている。 そうやって目先の快楽にうつつを抜かしているおまえとはちがうんだ。」 真正面からダメ出しを食らった土方はムッとしながら言い返した。 「…俺だって考えてるよ。」 すると近藤はそれならもう話は無いと言わんばかりに歩き出した。 「真っ直ぐ帰るのか。」 土方が問うと近藤は歩く足を止めずに 「お前ほど暇じゃないんだ。」 とそのまま去ろうとするので、 「…なんか食ってくか?」 と流れで手近にあった蕎麦屋に入る事にした。
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