始まり

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ズルズル 「うまそうに食べるねぇ」 土方が桂の話を無視しながらそばを食べていると、 「私は、こっちの蕎麦はどうも苦手です。」 と蕎麦屋に居ながら江戸の蕎麦に文句をつけるのかと土方がムッとしていると、 近藤が代弁するように土方に弁解する。 そして単なる好奇心として尋ねた。 「桂さんは長州のお方なんだ。そんなに違うもんですか。」 「つゆがねぇ、こっちはしょう油が濃すぎる。それでいてダシが薄い。 ですから私はこれ専門。まぁ、冷たい蕎麦ってのも我々に言わせれば邪道なんだが。 まぁこれならなんとか。」 と、なんともひどい言い草だが 文句を言いながらも一口食べると、 「まぁ、困った事があったらいつでも言ってください。力になります。 さてと…」 とすぐに席を立とうとするので近藤はたまらず 「もういいんですか?!」 と聞く。すると桂は 「やっぱり、食えたもんじゃないわ。 親父、この人たちの分も一緒で。」 と近藤たちの分まで支払いをしようとするので 流石に近藤も 「それは困ります。」 と断るが、 「まぁまぁ、いくら?」 と店の者に尋ねている。 「四十八文になります。」 と言われると、桂は懐から銭入れを取り出し始めた。 「あなたに奢ってもらう謂れはない。」 と、なんの理由もなく他人に奢ってもらうのは 武士の矜恃に反すると思った近藤は反論するが、 「近所のよしみということで」 桂は聞く耳を持たない。 「桂さん。」 「まぁまぁ、お気になさらずに。失礼。」 と出て行ってしまった。 「悪い男じゃないんだが…」 それまで何も言わなかった土方が口を開いた。 「江戸の食いもんバカにしやがって。」 持っていた箸を机に叩きつけ、 桂の後を追おうとする土方を近藤が引き止めた。 「なにしてるんだ。」 「このままじゃ気が収まらねぇ」 と今にも桂に飛び掛かろうという勢いの土方をなだめる。 「ちょっと待てよ。お前の敵う相手じゃない。 向こうは神道無念流免許皆伝だぞ。」 「しかし…」 まだ納得のいかない様子の土方を見て、 先ほどの言い草といい、近藤も納得のいかない部分があったのは事実だ。 ひとしきり考えた後、 「いいから座れ。 …俺が行く。」
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