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しかし、「なぜ」そうしなければならないのかは、やや疑問であった。
確かに遠い少年時代には、大人たちに隠れて王子の部屋で密かに、まだ禁じられていた酒をふたりで試したこともある。
だが今さら、何も隠れて飲む歳ではない。
部屋で王子に酒を振るまわれたとて、特段、後ろめたいこともないのだ。
――まあなんらか、他愛のない思い付きでもなさったのであろうが。
そんな風にひとまず自分を納得させると、シグルドは律儀にも、命じられたとおりに王子の部屋へと向かった。
「昔の抜け道」を使って――
シグルドは記憶を手繰り、裏庭の奥、建物に寄り添うようにそびえる糸杉の木へと向かった。
はたして、その木はいまだ同じ場所にそびえ、青々を見事な枝ぶりを見せていた。
ひと気のない場所ではあったが、シグルドは改めて周囲を窺う。
「馬鹿馬鹿しい」とは思いつつも、なぜだか奇妙に胸がときめいた。
ふと、小さな笑いが洩れる。
子供時分に戻ったような心持ちがしていた。
糸杉によじ登り始める。
そして、シグルドはすぐさま、自らが、もはや少年の頃の身軽さなど、まるで持ち合わせていないことを思い知らされた。
だが屈強な戦士となった今、それを補ってあまりある腕力と脚力はある。
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