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 そしてアルトナルは、シグルドの手首を掴んだまま、ごく静かな寝息を立て始めた。    不意に、涼やかな乾いた音が響いた。  王子の首飾りの留め具が外れ、床に落ちた音だった。  シグルドが、そっとそれを拾い上げる。  銀細工の首飾りだった。  飾り部分が薄い箱になっている。  シグルドの指先が、ちょうど飾りの金具に当たり、キンと小さな音とともに開いた。  その内に収められていたのは、王妃ヘルカの――アルトナルの母親の似絵だった。  この首飾りのことは、シグルドも「遠い昔」から知っていた。  幼くして母を失ったアルトナルにとっては、自身の数少ない記憶と、城内に幾つか掲げられている王妃の肖像画、そして首飾りの中の小さな絵こそが「母」のすべてだった。  アルトナルが肌身離さずに身に着けていた首飾り。  箱の内の絵を見つめては瞳を潤ませ、でもそれでも懸命に、涙だけは零すことだけは堪えていた幼いアルトナルの姿を、シグルドは、ずっと傍らで見守ってきた。  だからシグルドも、すぐにそれを王子の首へ掛け直してやりたいと思った。  だが、片手は相変わらずアルトナルに捕らえられたまま使えない。  とにかく無くしてしまわぬようにと、シグルドは首飾りを、そっと自らの上衣の懐へ収めた。     
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