プロローグ

1/1
16人が本棚に入れています
本棚に追加
/16ページ

プロローグ

きっかけは些細なことだった。彼女の衣服から知らない匂いがしたとか、携帯を触る頻度が増えたとか、そんなちょっと気を配らない限り気づかないようなことだ。最初のうちは、自分が神経質になっているだけだと思っていたのだが、ある日彼女がはっきりと口にする。 「今日は彼のところに泊まりに行ってくるから」 言うなり、いそいそと身支度を始める。いつも以上に気合いの入ったメイクだ。聞くまでもなく、「彼」というのはそういう相手のことだと容易に察することができる。 「そんな服、見たことないんだけど」 「明日には帰るから」 聞こえていないわけではないだろうに、全く的の外れたことを言い放って颯爽と玄関へ向かった。女性の身支度は時間がかかると聞くが、彼女に限ってはそれが当てはまらない。 靴を履いて、振り返りもせずに出ていく。鍵が閉まる音が、無機質に響いた。 それを見届けても、心に波立つものはなかった。少しもない、とまでは言い切れないかもしれないが、今更だと思う。彼女のこの性癖は、今に始まったことではなかった。そもそもが、それを承知で彼女と交際を始めたのだから。
/16ページ

最初のコメントを投稿しよう!