第1章

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 妻のまり子は専業主婦で、 結婚して一年九ヵ月になる。 だが、 残念ながら、 二人のもとにコウノトリは未だ可愛い赤ん坊を運んでこない。 私は、 自分でいうのもはばかれるが、 身長一.八四メートルのスラリとした肉体美を誇る、 誰からも慕われている男前だ。 私は二十五歳で、 妻も美形で心優しい二十三歳であり、 夫婦仲は人もうらやむほどに良い。 これは誰もが認めている誇張ではない事実だ。  ただ、 私には今からでは取り戻せないコンプレックスに、 いつも悩まされている。  関西の最難関国立K大経済学部に見事現役でパスしたが、 西明石の家から通えないので止む無く京都に下宿した。 裕福な家庭でないから、 自ら学費、 生活費を稼がねばならなかった。 引っ越し手伝い、 家庭教師、 臨時の塾講師、 期間工、 様々な肉体労働……などのアルバイトに精をださざるを得なかった。 その結果、 授業には満足に出席できなかった。 それが、 コンプレックスとして、 澱≪おり≫のように心の奥底にたまったままだ。 学生時代に、 もっと様々な学問を身につけたかったのに……。
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