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予感。
不意に意識が浮上して目が覚めた。
起き上がって、今いる場所をぐるりと見回す。何の変哲もない、いつもの自分の部屋だった。
だが、いつもとは微妙に違う。
具体的にどう違うかという説明はし難いが、肌に感じる空気の流れや差し込む朝日の光の強さ……五感で感じ取れるものが確かにいつもと違うのだ。
タクヤは確信した。
「今日は、特別な日だ……」
呟いたタクヤは、逸る鼓動を落ち着かせるべく毎朝のルーティンをこなしはじめる。
顔を洗って着替え、用意されていた朝食を食べる。
「あんた、えらい今日は静かねぇ」
いつもは鳥が囀るようにおしゃべりしながら朝食を食べるというのに。と言いながら、黙々と朝食を食べるタクヤの顔を、母親が具合でも悪いのかと心配そうにのぞき込んだ。
「母さん!今日はあの日なんだ。ちょっと集中したいから黙っててくれない?」
「あ、あぁ、そうなの……ま、頑張んなさい……」
いつもとは違う息子の気迫に気圧されて、母親は曖昧に励ました。
手早く支度を整え家を出る。
学校へ向かう途中で幼稚園からの幼馴染、ヒロシがタクヤに気付いて声をかけてきた。
「はよー、タクヤ。なっ!今日、放課後カラオケでもいかねぇ?」
気安く肩に回してくるヒロシの腕を強引に払いのけてタクヤは言った。
「今日は特別な日なんだ。だから悪いが放課後は付き合えない」
するとヒロシはニヤニヤした。
「おっ!ついにあの日が来たのか!それじゃあしょうがねえ。上手く行ったら報告な!」
さすが、幼馴染。タクヤの思考や行動をほぼ全てを理解しているヒロシはすぐに納得して、集中を邪魔するまいと静かに並んで学校へと歩き出した。
授業中は教師に何と言われようと無視して、放課後に備えるべく徹底的に瞑想に耽る。
周囲の人間もいつもと違うタクヤの様子、それを見守るヒロシの鉄壁のガードでタクヤに接触することが憚られていた。
昼休憩にはずぼら母特製のバクダンおにぎりを頬張り、カフェオレで流し込む。
おにぎりの塩分とカフェオレの糖分が体の中で中和され、タクヤのともすれば暴走してしまいかねない緊張感や放課後を待つ焦燥感を柔らかくほぐしてくれた。
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