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話し掛ければビクリと肩を震わせ、ゆっくりと柊鬼の方に視線を向けると同時に此方が当主の柊鬼だと分かったのだろう、眼鏡の奥の瞳を真ん丸にし頭を下げ『す、すみませんっ』と謝った。
『あの、えっと、迷子に、なっちゃって』
『あー。広いからな、ここ』
『ごめんなさい』
頭を下げたまま謝る彼に柊鬼は『頭を上げろ』と命令する。だが彼は無言で首を横に振った。
『そんなっ、当主様ですからっ』
『別にいい。いいから顔を上げろ』
『・・・・』
強い口調でそう言うとまたビクリと肩を震わせたが、ゆっくりと顔を上げ始める。
その眼鏡の奥の瞳は不安そうで、ともすれば泣いてしまうのではないかと思えるほど顔は歪んでいた。
『ここから真っ直ぐ廊下を歩いて、最初の角を曲がって左に行けば玄関だ』
『は、い』
すみませんでした、と一つ瞬きをしてまたペコリと頭を下げる―――どこまでも低姿勢の彼に柊鬼は『お前、名前は』と尋ねた。
『あっ、はい、志貴と申します』
『志貴、か』
呟くように名前を言ったあと暫く二人の間に沈黙が訪れる。所在なさげに身体を揺らす志貴の名前を柊鬼は呼んだ。
『志貴』
『はい』
『お前〝も〟俺が怖いか』
『え、』
弾かれたように志貴は柊鬼の瞳を見る―――その時の話しを聞くと、柊鬼の方が泣きそうだった、と彼は笑っていた―――そして『当主様・・・・・ですから』と言ったがすぐに『でもっ』と続けた。
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