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「あれ…?誰もいないじゃん」
あんまり放ったらかされて愛想尽かしたのかユキナは帰ったけど、俺はまだ部屋の中に入る気になれなかった。
結局開けっ放しの雨戸、その氷みたいに冷たいサッシに腰を下ろし、足はまだ雪につけている。
もちろん寒くて堪らない。
でもこうしてると、なぜだか落ち着く。
あの、死の前の異様な穏やかさを思い出すんだろうか。
ただし、体の中身がすっかり空っぽになってしまったみたいに、ひたすら虚しいけど。
雪がちらつく以外全てが凍りつき停止したかのような静寂。
それを破る、玄関で靴を脱ぐ音。
てっきり女の子でもいると思ったのに、と言いながら、あいつが近付いてくる気配。
予想はしてたけど、いざとなるとやはり身体が強張る。
「…その我慢大会みたいなやつってどういうマゾ儀式なの、毎年やってるけど」
無遠慮に俺のパーソナルスペースに入って来ながら、呆れたような声が言う。
俺は振り返ることも返事をすることもなく、さっき自分が立っていた場所をちらりと確認した。足跡は降り続く雪に覆われて、もうほとんどわからない。
数滴の赤も。
ばさ、と。肩に何かが掛けられた。
「誕生日に風邪ひくなよー」
「……関係ないだろ」
「またそうやって可愛くないこと言う。わざわざケーキ買って、日付け替わる前に急いで来たのにさ」
いかにも不満そうな声音。
ほんと、感情がよく声に乗るヤツだ。そして同じように表情もころころ変わってるのが容易に想像できる。
あのひとも、そうだったんだろうか。
『ありがとう』
触れることなど許されない、捨て置かれて当然の立場の俺を最期の瞬間抱きしめてくれた、あのひとも。
今ここで死んだら、もしかしたらまた抱きしめてもらえるんだろうか。
それで想いを伝えられぬまま、相手の本当の想いを知らぬまま、淡い期待だけを胸にその腕の中で意識が消えて。
また来世、俺だけが、覚えていて。
そしてまたどうしようもなく、惹かれて。
そうやって何回も何回も何回も、繰り返すんだろうか。
こんな寒くて虚しい思いを、また。
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