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三月三日――今日は、女の子に取って、特別な日だ。
久しぶりに実家に帰ると、私の雛人形は小学生の妹のものになっていた。
雛祭りの料理を手伝おうとしたのだが、母の気遣いで台所から追い出され――私は和室の襖を開けた。
私と妹は、年の差姉妹で、私が中学生の時に生まれた妹に対しては、女姉妹特有のライバル心はなかった。
私は高校受験を翌年に控えていたが、母の出産が楽しみだったし、家族に加わったちっちゃなサルみたいな妹も、可愛くて仕方がなかった。
「……随分、古ぼけたわねぇ」
懐かしく、お雛様を手に取る。
憧れていた美しい女雛は、少し老けた気がする――なんて、ちょっと怖い想像だ。
多分、鮮やかだった当時の色彩が、年月の経過に伴って、くすんだだけなのだろうけど……。
苦笑いしながら、私は人形の並びを整える。
私が小学生の頃、マンション住まいの家庭が多かったため、段飾りの雛人形を持っている女の子は少なかった。
初孫のために祖父母が奮発してくれた五段飾りは、当時の私には自慢だった。
一段目。
向かって左にお内裏様、右隣にお雛様。
二段目は女官たち。
三人官女は、中央にお歯黒の既婚女官を、左右に若い女官を置く。
三段目は、少年楽団。
向かって左から、太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡。
四段目――。
「――あれっ……?」
ここに来て、手がはたと止まる。
四段目は、お殿様の警護役。
年寄りの方が位の高い左大臣で、若者の方が補佐役の右大臣だ。
それは分かっているのだが……右左の位置に迷う。
「お内裏様・お雛様から見ての左右だったような……違ったっけ?」
突然、記憶がうろ覚えだ。そういえば、小学生の頃は、毎年おばあちゃんが一緒に並べてくれたっけ。
その祖母は、私の結婚式を見届けて、三年前に旅立ってしまった。
――もっとちゃんと聞いておくんだったな……。
目の奥がツン……として、鼻をすする。
お雛様は、女の子の宝物。
でも、本当の宝物は、お雛様を巡る祖母や母といった女家族との思い出なんだろう。
「――お姉ちゃん、チラシ寿司出来たわよー!」
居間から母の声が呼ぶ。
「……はぁい、今行くー!」
ひとまず応えて、手に持った左右大臣を見る。
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