襖の向こうのクーデター

2/3
前へ
/3ページ
次へ
 三月三日――今日は、女の子に取って、特別な日だ。  久しぶりに実家に帰ると、私の雛人形は小学生の妹のものになっていた。  雛祭りの料理を手伝おうとしたのだが、母の気遣いで台所から追い出され――私は和室の襖を開けた。  私と妹は、年の差姉妹で、私が中学生の時に生まれた妹に対しては、女姉妹特有のライバル心はなかった。  私は高校受験を翌年に控えていたが、母の出産が楽しみだったし、家族に加わったちっちゃなサルみたいな妹も、可愛くて仕方がなかった。 「……随分、古ぼけたわねぇ」  懐かしく、お雛様を手に取る。  憧れていた美しい女雛は、少し老けた気がする――なんて、ちょっと怖い想像だ。  多分、鮮やかだった当時の色彩が、年月の経過に伴って、くすんだだけなのだろうけど……。  苦笑いしながら、私は人形の並びを整える。  私が小学生の頃、マンション住まいの家庭が多かったため、段飾りの雛人形を持っている女の子は少なかった。  初孫のために祖父母が奮発してくれた五段飾りは、当時の私には自慢だった。  一段目。  向かって左にお内裏様、右隣にお雛様。  二段目は女官たち。  三人官女は、中央にお歯黒の既婚女官を、左右に若い女官を置く。  三段目は、少年楽団。  向かって左から、太鼓、大鼓、小鼓、笛、謡。  四段目――。 「――あれっ……?」  ここに来て、手がはたと止まる。  四段目は、お殿様の警護役。  年寄りの方が位の高い左大臣で、若者の方が補佐役の右大臣だ。  それは分かっているのだが……右左の位置に迷う。 「お内裏様・お雛様から見ての左右だったような……違ったっけ?」  突然、記憶がうろ覚えだ。そういえば、小学生の頃は、毎年おばあちゃんが一緒に並べてくれたっけ。  その祖母は、私の結婚式を見届けて、三年前に旅立ってしまった。  ――もっとちゃんと聞いておくんだったな……。  目の奥がツン……として、鼻をすする。  お雛様は、女の子の宝物。  でも、本当の宝物は、お雛様を巡る祖母や母といった女家族との思い出なんだろう。 「――お姉ちゃん、チラシ寿司出来たわよー!」  居間から母の声が呼ぶ。 「……はぁい、今行くー!」  ひとまず応えて、手に持った左右大臣を見る。
/3ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加