これであんたは、

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「今日は特別な日だ」 そう言って、俺に笑顔を見せたその人は、大きなチーズケーキを持って来た。 ああそうだったね、あんたとの別れの日だ。 「はい、いつもありがとう」 今度は手を取られて、その手に四角い小さな箱を置かれた。 「開けてみて」 誰が見てもイケメンなその人は、どんな女でも惚れてしまいそうな声で、囁いた。 箱を開けてみると、中にはシルバーリングが1つ。 冗談じゃない、なんでこんな。 「迷惑だった?」 俺が黙っていると、その人は不安げに問いかけてきた。 慌てて表情を繕って、返事をする。 「そんなわけない!びっくりしただけ。……ありがとう。大事にする」 そう言うと、その人は良かった、と言って、席に着く。 準備していた夕飯を見て、美味しそう、いただきますと言って頬張る。 いつもの日常と、いつものその人。 けれどその人は、特別な日だと言って、ケーキと指輪を渡してきた。 やめてくれ。俺は、ずっとずっと、こんな日が続くものだと思っていたかったのに。 苦しい、苦しいんだ。 だからごめん、何も言わなかった俺を許してくれなんて言わないからさ。 「食べないの?」 その人が、立ったままの俺を見て言う。 「いや、ちょっと感動してた。俺も食べる」 席に着いて、同じくいただきますと言って、食べ始める。 「はー、食べた食べた。今日も美味しかったよ」 「それはどうも」 夕飯を食べ終えて、ソファに座るその人を、じっと見つめる。 今日で、最後。決めただろ、取り乱すな。 「チーズケーキ、食べる?」 「そうだね、うん、でも、眠くなってきたな。起きたら食べようかな」 「そう?仕事、お疲れ様」 「ありがとう……」 その人は、微笑みながら、目を閉じた。やがてソファで力なく横になった。 「……おやすみ、さよなら」 最後に浮かんだ笑みを消して、準備に取り掛かる。 携帯のデータを消して、今までの俺との日々をすべて、まるでなかったように、回収して、俺よりも重いその人を、ベッドに運んで。 その、幸せだった家から、飛び出した。
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