3人が本棚に入れています
本棚に追加
「今日は、特別な日だ」
重低音が、楽しそうに響く。
「そうですね」
倣って、笑う。
手には冷たくて、重くて、黒く光るそれがある。
「万が一にも、失敗することのないように」
澄んだ声が後ろから俺を煽る。
「わかってるって。じゃ、行ってきます」
車から出て、通りを歩く。
見知った通りだ。だって、ここは、
「あ、すみません」
勢いよく曲がり角から飛び出してきたその人は、よく知っている、
「あんた、大丈夫?」
顔色の悪い青年が、地面を見つめて、いや、大丈夫です、と呟いた。
「ね、あんた、誰か探してるんでしょ?俺、知ってるよ」
そう言うと、がばっと顔を上げて、教えてくれ、なんでもいいから、と強く腕をつかんできた。
はは、相当弱ってるな。ざまあみろ。
「じゃあ、ちょっとこっち来てよ。あんまり知られたくないんだって」
腕を振り払って、駆け足で通りを進む。
人通りの少ない小道まで駆けて、小さなボロい車を見つけると、止まる。
振り返ると、その人は息を荒くして、でも、ついてきていた。
「……なあ、教えてくれ。あの子は、」
「ふ、あんた、何で気づかないの?」
フードを被っていたからなんて言うなよ。あんたの前だって、フードを被っていたことあるだろ。
フードを外して、その人を見つめる。
その人は、じっと俺の顔を見て、息を呑んだ。
「ああ、ああ、良かった。なあ、怒らないから、理由も聞かないから、戻って来てくれないか」
目に涙を浮かべてそう言うその人に、俺も見つめ返して、顔を近づけて、囁いた。
「全部、夢なんだよ、あんたの」
そっと手をその人の瞼の上に置いて、ゆっくり、染み込ませるように、囁く。
「おやすみ」
手を外すと、その人は目を閉じていて、でもすぐに目を開けた。
「何を、言ってるんだ、」
当然そう言うだろうと思っていた。でも、もう終わりだ。
さよなら、俺の愛した人。
「初めまして、殺し屋です」
手にした黒いそれを、その人の胸に押し当てる。
渇いた音が1度、静かな通りに響いた。
最初のコメントを投稿しよう!