黒の滝 

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黒の滝 

 いつからあれが始まったのか、はっきりとした記憶はないが、あれが私に見え始めたのは、おそらく数か月前のことだったはずだ。あれが始まってからというもの、安心して何かをするということは、からきしできなくなってしまったので、時間の感覚すらも酷く不確かなものになりつつある。  あれは初め、遠方の空にか細く見える程度のものだったし、周囲の人々は一人として気がついていないようだったので、わたしは自分が疲れているだけなのだろうと思っていた。  しかし、ある日の朝、私が起床し外に出てみると、見渡す限りあれで溢れかえっていた。そして、あれはその悍ましい本性をまざまざと私に叩きつけてきたのだった。  あれは、あれに浸った生けとし生けるすべてのものをたちどころに果てしない狂気へと貶めていくのだ。  あれが溢れかえってから数週間は人々の凶行を伝える報道があったものの、そのうち狂気の波に飲み込まれてしまった。  将来医師を志していた友人は今では、そこらに転がる死骸を切り刻み、臓物やら脳漿やらが混ざり合ったスープをさも愉しいと言わんばかりに掻き回してばかりいる。  いつかいじめた奴を殺してやるといつも言っていたクラスメイトが狂った数分後には頭蓋が割れ、眼球をえぐられ、皮膚を剥がれたいじめっ子の首が生ゴミよろしく廊下に転がった。  肩がぶつかれば必ず見るに堪えない死体ができたし、それが交番の前で起こっても警官は一瞥もくれることはない。  こうして死体ができると、すぐさま狂った畜生が骨を砕き、臓物を漁り、脳漿を啜る。虫けらどもは悍ましい歓喜に身を震わせ、不愉快な音を発散しながら、我先に体内へと潜り込み、穢らわしい饗宴に身を投じていく。そしてそれらは饗宴の果てにさらに悍ましい異形の一体となって、再び闊歩を始めるのだ。  ほとんどの人類はあれに触れ、もはやこの地上から知性や理性は削ぎ落とされ、存在しないに等しい。
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