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もう久しく他人の顔を見ていない。そもそも異形と化した者たちのほうが多いところに持ってきて、道行くものは皆あれに覆われてしまっているので、辛うじて人の体を保っている者でも、黒いタールでできた唯の人型でしかない。そうだというのに、町中を闊歩する者たちが厭らしくヒクヒク嗤うさまや、脳髄を針で直に引掻くような嗤い声は、私の網膜と鼓膜に爪を立てて決して逃がそうとはしないのだ。
少なくとも私の生活圏であれが見えるのは私だけらしく、人々の外見について騒ぎ立てるものは一人としていない。皆それぞれの狂い歪んだ日常を送っている。それとも、異常な外見を気にする程度の知性すらも人々から削ぎ落とされてしまったのだろうか。
あれにはひどく不快な粘性があって動きが鈍重なので、あれが見える私は今のところ正気を保っている。しかし、その動きの鈍さには、足をもいだ虫を嬲り殺しにして楽しんでいるような、不快な印象を強烈に感じて止まないし、何より、私が狂うのも時間の問題であることは明白だ。
あれのせいで海や川の水位は上がり、数か月前はカラカラだったそこらのどぶは、あの忌まわしいタールじみた液体で溢れんばかりになっているのだ。
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