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「ねえ、司くん。あなたは最高の恋人だと思うわ」
彼女は言葉を頭の中でまとめていたらしかった。
「完璧な人。気が利いているし、仕事もプライベートもなんでもそつなくこなしてる。でもね、わたしはそうじゃないの。わたしはあなたほど完璧じゃないわ」
「何を言い出すんだ?」
ぼくはうろたえて言った。
「俺のことが好きじゃなくなったのか?」
ぼくは彼女の目を覗き込みながら言った。
「そうじゃない。わたしはあなたには釣り合わないかもしれないってときどき不安になるの。要領も悪いし、目の前のことでいっぱいいっぱい。きっとあなたから見ればどんくさく見えるでしょうね」
「そんなことない。なあ、頼むよ。もしも俺のことが嫌いになったならはっきりそう言ってくれ」
「言ったらどうするの?わたしのことも取り替える?」
空気がひんやりとした。
飲んだワインのアルコール分が一瞬にして蒸発してしまったかのようだった。それはぼくの血液から熱を奪い去った。
『わたしのことも』愛梨はそう言った。ぼくは背すじが凍り、表情が張り付いたのを感じた。後ろ暗い過去がぼくの体温を奪い、血液を凍らせたかのようだった。なぜ愛梨がそのことを知っている?ぼくは激しく混乱し、怒りと憎悪が体中を渦巻くのを感じた。
自分がどんな顔をしていたのかわからないが、彼女は青ざめて震えていた。
「ごめんなさい、ひどいこと言ってしまったわ。どうかしてた」彼女はぼくと目を合わせなかった。ハンドバッグを取って、彼女は身支度を始めていた。「今日は帰るわ。でも、これだけは言わせて。あなたはお父さんのことをきちんと許してあげたほうがいい。たったひとりの肉親じゃない」
ぼくは彼女を止めようとしたけれど、言葉が出てこなかった。それから、かわりに肩をすくめて見せた。
「ご忠告ありがとう。でもこれは個人的な問題だ。俺と親父の間のね」
彼女は困惑と怒りの入り混じった表情を浮かべてしばらくぼくの方を見ていたが、ちいさく溜息をつくと、ハンドバッグの中から綺麗に包装された小包をとりだしてテーブルの上に置いた。
「その中に入れほしかった」彼女は悲しそうな顔をして言った。「偉そうなことを言ってごめんなさい。ハッピーバースデー」
彼女がいなくなってからも、ぼくはテーブルの上に置かれたそのプレゼントを眺めていた。リボンで包まれたその小包に触れることができなかった。
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