第1章

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浅田の言うとおり、湾岸線はスムーズに流れていた。車の流れを見つめながら、ぼんやりしていると、隣に座っていた浅田が、終わったと思っていた話題を再び持ち出してきた。 「私のことを冷たい人間だと思っていらっしゃるでしょうね?石野さん」 ぼくはそのことを少しだけ考えてみた。 「いいえ」とぼくは答えた。「付き合いはそれほど深くはありませんが、浅田さんは実際的な方とお見受けしています。余計な感傷に流されない。それはビジネスの上では大きな強みです」 「余計な感傷に流されない。その通りです。お話していて気が付きました。気を悪くしないでほしいのですが、あなたと私は似ている。感傷は弱みです。これまで多くの仕事仲間が感傷に流されて破滅していきました。情をかけたかけたばかりに、手塩にかけた部下から裏切られたり、取引先にNoと言えず、癒着とみなされて左遷されたり。 私は余計な感傷とは無縁の男です。やるなら徹底的に。なんの痕跡も残さない。それがいちばん重要なことです。誰にも弱みを見せないということが」 浅田はぼくを探るように見た。ぼくは彼の視線で、どうして彼が自分の車でわざわざぼくを送ったのか悟った。 離婚が成立するまでは手を抜くなという警告なのだ。決して相手に情けをかけるな、というメッセージが伝わってきた。 「わかっています。弱みは見せません。あなたの期待を裏切ったりはしません」 ぼくがそう答えると、浅田はぼくの肩を軽く叩いた。その後は窓を窓を見たままお互い黙っていた。
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