第1章

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その日愛梨とぼくはレストランで食事をしていた。 彼女はぼくの見たことのない青いワンピースを着ていた。襟は白く、生地は厚手で柔らかそうだった。全体の配色としてみると派手に主張することはないが、身体のラインが綺麗に浮かび上がり愛梨をとびきり魅力的に見せた。それは俺の心の中をなぜかかき乱す。心がほどけていくような懐かしい思いと、胸をかきむしりたくなるような寂しい思いが交錯した。 「あなたのお父さんのこと聞かせて」 レストランで前菜を食べ終えたあとで彼女はぼくにそうねだった。空のワイングラスにウェイターが赤ワインを注ぐのを待ってから、ぼくは答えた。 「親父のことで俺が話せることは少ないな。実はあんまり仲が良くない」 「子どものときからずっとそうなの?」 ぼくはほんのすこしだけ考えるふりをした。もちろん、子どもの時から険悪だったわけじゃない。そんなことわかりきっていることだ。でも、そう話してしまうのが恐ろしかった。それを認めれば、その先を説明しなくてはならなくなる。 「さあね」とぼくはごまかした。「子どものときはたぶん事情が違っただろうな。でも、今となってはどうでもいい話だよ」 「どうでもよくなんかないわよ。来月会いに行くんだから。少しでも気に入ってもらえるようにしなくちゃいけないし。それに、あなたのお父様だもの。きっと素敵なひとに決まってる」 「買いかぶりすぎだよ。親父は変わり者だし」そう言ってぼくはワインを飲んだ。味はよくわからなかった。彼女はぼくの方を見て、じっと続きを待っていた。「それに?」 「それに」とぼくは言ってワイングラスをテーブルの上に置いた。「それに、嘘つきだ」
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