第1章

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子供の頃の父のことを思い出す時、いつもいっしょに思い出すのは早朝の公園のことだ。 父親ゆずりの運動神経の悪さが子供時代のぼくの悩みのタネだった。体育の授業で一輪車に乗らされた。ほとんどの子どもが数メートル進めるようになっていたのに、ぼくは未だに補助がなければ乗れないでいた。クラスメイトの和希はすでにトラックを半周していて、ぼくはしょっちゅうバカにされていた。 「算数ができたって、社会ができたって、一輪車に乗れないようじゃね」と小馬鹿にしてくるのだ。 子どもにとって、みんなができていて自分だけができないことがあるのは一大事だ。世界で自分だけが取り残されたような気分になる。他のことができたからって決して帳消しにはならない。和希は逆上がりも懸垂もなんの努力もしないで出来たし、かけっこだってクラスで1番速く走った。浅黒く日焼けして、ガタイがよく、元気な声で話をする目立つ生徒だった。 一輪車ができなくて困っているという話を聞いた父は、朝食の前に公園で一緒に練習することを提案してきた。 朝5時に起きて一輪車を車のトランクに乗せ、近所の公園にやってきた。 公園は朝の7時になるまではすべての照明がつかないので薄暗い。季節はまだ3月だったので空気は肌寒く、父はぼくに厚手のダウンジャケットを着せて練習させた。 ベンチの近くの照明の下は常夜灯になっていて、ぼくと父はいつもそこに陣取るようにしていた。 ベンチの前はちょうどいい具合に広い場所になっていて、まだ日が沈んでいてもその照明のおかげであたりの地面が照らし出されている。 いつも深夜まで働いて帰宅の遅い父だったけれど、朝はきちんと置きて寝ぼけ眼のぼくを公園に連れ出した。
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