敗北

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「先生。トドロキ建設の社長さんからお電話です」 トドロキ建設。最先端の耐震構造を備えた建物の建設で業績を伸ばしている会社だ。特に震災による被災地の再開発でかなりの高評価を得ている。 私は秘書に促されるまま電話に出ると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。 「総理大臣おつかれさま。覚えているか?轟健吾だ。アンタの二期上の応援団長だ」 「轟……さん、やはりそうですか」 轟団長の40年前の羽織袴姿がありありと思い起こされた。 「アンタ、政界から引退するんだろ?これからどうするつもりだ?」 「どうするも何も、まだ考えられる状況ではありません」 「良かったら、ウチに来ないか?俺はアンタのことずっと買っていたんだよ。40年前の対面式の日からな」 「そうだったんですか?」 私は驚きを隠せなかった。 「あのとき、アンタはイジメられていると思ってたんだろ?そしてその痛みが選挙演説の時に疼いて、あの『あんな奴ら』発言に至った。でもな、真実は違うんだよ。あの1000人の野次を受けるのは、伝統ある栄誉なんだ。県内最難関の入試をトップ通過した者にだけ与えられた勲章なんだよ。受け取る側にとっては色々感じ方は違うだろうけどな。でもそれだけアンタは嘱望されていたんだ。そしてアンタは一国の宰相にまで登りつめた。動機はどうであれ、アンタは寒梅高校の期待に応えたんだよ」 私は黙って聞いている。 「なぁ、アンタは覚えているか?寒梅高校の理念。寒く辛い冬にも咲き誇り、人々に親しまれる果実を実らすような強く、世のため人のためになる人々を送り出したいというものだ。今度は自分のためじゃなくて世のために、アンタの力を使ってみないか?」 轟団長の声を聴く私はもはや政治家ではなく、ただ1人の寒梅高校OBになっていた。 「私なんかに、できるんでしょうか」 「きっとできる。力を貸してくれ」 「わかりました。一度詳しい話を聞かせてください」 私は重い口を開いた。 「よし。じゃあスケジュールを詰めよう」 轟団長の明るい声が聞こえてきた。 梅の花がそろそろ咲き始める時期だ。きっとこの先には、新たな道が広がっているのだろう。 今日は、特別な日だ。 【END】
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