平行世界守護獣パラレル

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 次の日も神崎は仏頂面だった。彼がそんな顔をしていても芳乃はそわそわしていた。 ──もしかして神崎って彼女いるの? 彼女のためにいっつも早く帰ってるの?  こんなに早く玉砕するとは思ってなかった。でもせめて自分の想いにけじめをつけたい。どうせダメなら言っておこうかと思った。 「あ?」  突然神崎の不機嫌そうな声が聞こえた。芳乃の肩が跳ね上がる。まだ何も言ってないのにキレないでよ、と思って彼の顔を見上げた。神崎は自分の机を怪訝そうな顔で見ている。 「大石さん」 「えっ? 何?」  珍しく神崎の方から芳乃に声を掛けてきた。 「俺の鞄知らない?」 「鞄? え、知らないよ。どうしたの?」 「ん。じゃいいや」  神崎はそう言ったきり無言のまま教室から出ていった。何だか教室の空気が少し重苦しいものになっている。芳乃は首を傾げる。  その瞬間、芳乃のスマホが震えた。チャットアプリでメッセージが入ったようだ。ポケットから取り出したときに気付いた。自分だけじゃなく他のクラスメートも一斉にスマホを取り出したのだ。  アプリを立ち上げてメッセージを確認した。グループはこのクラスの生徒のほとんどが入っているのだった。もちろん神崎は入っていない。そこには短いメッセージと写真が送られていた。  クラスでも幅を利かせている男子二人が、学校近くの廃工場の前で誇らしげに鞄を掲げている写真だ。彼らは自分の〔パラレル〕がちょっと強そうだからってのぼせ上がっているタイプだった。上級生相手にも喧嘩を売ってるとか。 「この鞄……神崎のじゃん!」  芳乃は思わず口に出した。続くメッセージには『やたら早く帰りたがる根暗を困らせまーす。隠し場所はココ』と、笑顔の絵文字入りで書いてあった。  今からこのメッセージを神崎に転送しようか、と芳乃は思った。スマホはたぶんポケットとかに入れてるはずだから気付くはずだ……と思って芳乃は神崎の連絡先を表示した。  「鞄」と一言メッセージを送り、次のメッセージを打ち込もうとしたところで手が止まる。まだこの写真に写る当人達は戻ってきていない。もし神崎が彼らとはち合わせて彼らの〔パラレル〕に襲われたら? 神崎は〔パラレル〕に守ってもらえないのだ。彼はあまりにも今クラスから反感を買っている。少しでも相手を煽れば、あの乱暴者の暴力の餌食になるかもしれない。  芳乃は周りをもう一度見た。誰もが俯いて声を上げない。あの乱暴者に逆らう勇気も、神崎を庇う理由もない。ならば見ないふり、気付かないふりをしたいのだ。 「ならば自分が行くしかないじゃない」  芳乃は誰にも聞こえない小さな声で呟き、しれっとした態度をして教室から出ていった。 ***  神崎が教室を見回す。そして怪訝そうに首を捻った。自分のスマホに芳乃から一言「鞄」と送られてきていたのが気になった。「見つかった?」と返信しても反応がないので一旦教室に戻ってみたが、その芳乃の姿がないのだ。  神崎は聡子に近付いた。 「竹田さん、大石さん知らない?」  声を掛けられるとは思わなかったのだろう、聡子は目を見開いて神崎を見た。 「芳乃はさっき教室から出てった。どこにいるかわからない……だけど」  聡子は自分のスマホを操作し、神崎に画面を見せた。そこに映るものを見て神崎は眉を(ひそ)めた。 「ありがとう、竹田さん」  神崎は小さな声で聡子に礼を言ってから再び教室を出た。 ***  芳乃は恐怖を感じていた。男子生徒二人の前で立ちはだかるのは得体の知れない二体の化け物だった。片方はドラゴンのゾンビのようで、開けっ放しの口から唾液まみれの大蛇が舌の代わりにそこにいる。もう片方は獰猛な羆のようだが、両腕と背に太くて鋭い角を生やしている。 「神崎の鞄を隠して困らせるとまでは言ってたけど、どうして〔パラレル〕を呼び出してんの?」 「あー、あいつ生意気じゃん?」 「生意気?」  芳乃のオウム返しを質問と捉え、恰幅のいい方が話を始める。 「ちょっと突っかかるだけですげー睨みつけてくるの。何様なんだよなぁ。〔パラレル〕も扱えないくせに」 「あれはただの元の目つきだと思うけど?」 「だとしてもだ」  今度は眉の細い茶髪が答える。 「ビビって小っちゃくなってればいいのにイキるからムカつくんだよな」 「神崎にそのつもりはないと思うけど」 「あいつがやるつもりがあろうがなかろうが、俺らにガンつけたこと謝ってもらわにゃなあ」 「ちっちゃ」  芳乃が吐き捨てた。それを聞き逃さなかった二人は舌打ちをした。 「器が小せーよ。ビビってんのはお前らだろーが、神崎の目つきにさ」 「ああん?」 「イキってんのはてめーらだよ。くっだらなー。さっさと神崎の鞄返して、持って帰るから」 「じゃあ力づくで奪い返してみな! 大石のその貧相な〔パラレル〕でよ!」  二人の間に無造作に置かれている神崎の鞄をめがけて鎌鼬は猛スピードで飛んでいく。  羆のような〔パラレル〕が動いた。鞄の前に立ち塞がった羆が腕を振った。鎌鼬は滑らかな軌道を描いて羆の拳を華麗に躱す。 「ぐはっ!」  芳乃は思わず叫んだ。腹部にボディーブローを食らったような痛みが走る。同時に鎌鼬が床に叩き落とされ何度も弾んだ。芳乃もよろけてその場に尻餅をつく。 ──あの熊、キューちゃんを最初っから腕の角で打ち返すつもりだったんだ  鎌鼬を弾き飛ばしたのは羆の腕から生えている巨大な角だった。あの巨体だって鎌鼬の鋭い爪を受ければ多少怪我はするだろう。だから敢えて鎌鼬の爪よりも頑丈な角を使って攻撃してきた。  そしてその鎌鼬が受けた痛みはすべて芳乃にフィードバックしたのだった。 「まじで〔パラレル〕と人間って繋がってんだな。おい大石、この鎌鼬をいたぶったらお前も痛いんだよな?」  まだ地面でぐったりしている鎌鼬を恰幅のいい方の男が軽く踏みにじる。死にたくない、痛いのも嫌、それ以上に鎌鼬が可哀想だ。 「やめろよ!」 「まだ口答えすんのか!」  鎌鼬を踏む足に力が入った。芳乃は全身にひどい圧力をかけられたような痛みに襲われる。痛みを堪えながら「助けて」と願った。 「大石さんに何してんだ?」  聞き覚えのある声がした。入り口に神崎が立っていた。男子生徒二人は笑った。 「おっ、来たか神崎。クラスの誰かからここを聞いたのか? よく聞けたな? ぼっちのくせに」 「どうでもいいけど、大石さんに何してんの?」 「こいつも弱いくせに俺達に刃向かったの。だからお説教だよ」 「弱いって……〔パラレル〕の力の差ってこと?」  神崎が鋭い目で二体の異形の〔パラレル〕を見た。男達は下卑(げび)た笑いを浮かべた。 「まっ、そうだな。でもいっちばん弱いのは〔パラレル〕を呼ぶこともできない神崎きゅんでしょおー?」 「へぇ」  神崎は乾いた返事をした。無感情なのに見下すような声色に苛立ったのか、男達は叫んだ。 「土下座しろ神崎ィ! 〔パラレル〕も見せられねぇような雑魚が俺達を舐めんじゃねえっ!」 「ああ、見たい? ここなら見せられるかも」 「あ?」  神崎は周囲を見回し、そして溜息を吐いた。トタンの薄い壁に、余計なものが撤去されたがらんとした空間があるだけだ。 「せめて鉄筋コンクリートの建物だったら壊さずに、お前らも怖い思いしなくても良かったのに」 「はァ? 何イキってんだ?」 「それに、〔パラレル〕の大きさとか強さが人間の強い弱いになるの? じゃあお前らの方が俺より弱いからな」  神崎のその言葉を合図にするようにミシッと壁が軋んだ。それからベリベリと剥ぐような音と同時に細かい瓦礫と外の光が降り注ぐ。工場の壁を壊しながら巨大な『何か』が姿を現した。 「うわぁぁぁぁぁぁっ!」  男達は悲鳴を上げた。芳乃もへたり込んだままただそれを見上げることしかできなかった。  そこにあるのは全長三十メートルはある帆を張った船だった。木造の重厚感があるのにフォルムは柔らかな曲線を含み、荘厳さと優しさを併せ持っているように思えた。それが宙に浮かんでいる。 「う……嘘だろ? 生き物じゃない〔パラレル〕なんて聞いたことがねーぞ!」 「だけど『空飛ぶ船』の方がもっとあり得ないだろ? 〔パラレル〕って言った方がずっと納得いただけると思うんだけど? あれが俺の〔パラレル〕だ」  神崎はもう一度異形に目を向けた。 「俺の〔パラレル〕だったらお前らの〔パラレル〕をまとめて潰すことができるけど、どうする?」 「ひっ……ひえええぇっ」  男達は駆け出し、振り向きもせず去っていった。異形の者もいつの間にか平行世界へ帰ったのか、姿を消していた。 「大石さん、大丈夫?」  神崎はへたり込む芳乃に向けて手を差し伸べた。芳乃もそれに甘えて手を借りて立ち上がった。鎌鼬もよろよろとしているが大きな怪我はなさそうだった。 「神崎……神崎がずっと〔パラレル〕を見せられなかった理由ってこれ? 本当に神崎の〔パラレル〕なの?」 「うん。教室や学校を普通に壊すし」 「だったら最初っから『大きすぎてムリ』って言えばよかったじゃん。なのにわざと思わせぶりな秘密主義みたいな態度とってさ」 「いろいろと面倒なんだよ」 『はじめまして、大石さん』  神崎の言葉と被せてくるように、もう一人の聞き慣れない声が聞こえた。と同時に神崎が苦虫を噛み潰したような顔になる。 「え? 何?」  芳乃がきょろきょろしていると、神崎がもう諦観の表情で「上」と呟いて船を指さした。見上げてみると頭上に神崎の〔パラレル〕が浮いている。  舳先に人間の姿が見える。映画とかに出てくる海賊船などには先っぽに確かに人や動物を模した像がつけられているが、神崎の〔パラレル〕にもその舳先(へさき)に人間の像が設置されていた。少年を(かたど)った精巧な像だ。  その像が口元を緩めて笑った。 『大石さん、薫のこと面倒見てくれてありがとう』 「面倒見てもらってないって」  神崎が不貞腐れながら抵抗する。 「え、え、えええええええっ!」  芳乃は叫んだ。今起きている事態が全く飲み込めない。 「ね、ねえ神崎! 何で〔パラレル〕が喋るの? 言葉が通じないって言われてるじゃん! あたしキューちゃんとお喋りできないし」 「知らないよ。だから面倒だって言ったじゃん」  芳乃はもう一度その像を見た。よくよく見てみると、像ではなく生身の人間のように見える。美しい少年がまるで磔にされたまま木材に寄生しているかのようだった。不気味を通り越して妖艶ささえ醸し出す雰囲気に芳乃は思わず息を飲んだ。 「ねえ神崎、これに乗れる?」 「乗れるけど……『星霜(せいそう)』、乗せてもいい?」 『構わないよ』  そう言って少年はにっこり微笑んだ。上からロープが投げ出され、神崎の足下にその端っこが落ちる。 「大石さん、これに掴まって。しっかり握ってれば星霜が引き上げてくれるから」 「セイソウ?」 「あいつの名前」 「……いや、神崎が先に行って」 「俺は今は乗らない」 「そう言ってスカートの中見るんだろうがっ!」 「……そういうことか。わかった」  神崎がしぶしぶロープを掴むと確かに勝手にロープが短くなっていき、彼の体が船へと近付く。神崎が乗船したらすぐにまたロープが投げ出され、今度は芳乃が掴まった。ロープに輪ができていて掴まりやすいようになっていた。  船上は余計な物は何も置いていなかった。安定して浮いていて、地面にいるのとほとんど変わりない。  芳乃は舳先に向かい、乗り出すようにして少年の顔を確認した。彼の顔は陶器のような肌をしていて、澄んだ目をしていた。髪も風を受けてさらさら(なび)く。本物の人間じゃん、と思った。 「星霜さんっていつからこんな船の先っぽにいるの?」 『あはは、覚えていないや』  星霜と言われる船首像の少年は穏やかに柔らかに笑った。男達は神崎の〔パラレル〕を「生き物じゃない」と言ったけど、これを見てしまうと星霜は「生物」なのか「無生物」なのかどちらか断言できない。  突然芳乃の背中に何かがぶつかった。振り返って後ろにいる神崎に視線を向ける。 「何?」 「違う、俺じゃない」 『よっちゃん!』  また聞き覚えのない声が聞こえた。 「え、何何何?」 『よっちゃん、さっきは痛かった? ごめんな!』  何とか体を捩って自分の背を見てみると、鎌鼬がくっついている。 「も……もしかしてキューちゃんが喋ってるの?」 『よっちゃん、通じてるのか?』 「よくわかんないけど、これも星霜の力みたい。乗ることで平行世界の存在と自分の言語でしゃべれるようになるって。すげー便利」  神崎が教えてくれた。 『それにしても薫、大石さんに言うことがあるんじゃない?』 「ちっ、余計なことを」  星霜の言葉を受けて、神崎はばつの悪そうな顔をしている。 「ん? 神崎って『(かおる)』っていうの? 女の子みたい!」 「うっせーな。それはどうでもいいよ。大石さん、これ」  神崎は先ほど奪い返した自分の鞄からラッピングされた何かを取り出した。 「何これ?」 「一昨日のお詫びと、その他諸々」 「開けていい?」 「どうぞ」  芳乃がラッピングを丁寧に開けていく。中身を取り出したとき、鎌鼬が目を輝かせた。 『これ、昨日カンザキが買ってたやつじゃん!』 「げっ! 見てたのか」  そう。そこにあるのはふわふわの可愛いデザインのポーチだった。彼の買った物が自分の手の中にあるとは信じられず芳乃はただ口をぱくぱくさせた。 「べっ……別にお詫びされるほどのことじゃないし」 『んじゃ告白かー? 付き合いたいってかー?』 「冗談じゃない」  神崎は鎌鼬の発言をきっちり撥ね付けた。 「お詫びと、取引」 「と……取引?」 「放課後暇な日があれば、ちょっと来て欲しいところがあるんだけど」 「あっ……今日チョー暇! すぐにでも行きまっす!」 ***  神崎の案内で高校の最寄り駅から三つ先の駅で降りた。しばらく歩くと、電車内から見えていた大きな病院の前にたどり着いていた。 「ん? 病院?」 「静かにな」  神崎は慣れた足取りでエントランスから入り、受付で名簿に何か書き込んでいる。 「大石さん、これ」  神崎は芳乃に何かを手渡した。丸い「面会」と書いてある面会バッジと使い捨てのマスクだった。芳乃はバッジを着ているベストの裾につけ、マスクを着けた。  エレベーターで迷いなく階数ボタンを押す。エレベーターを降りてから神崎が向かったのはガラスの扉で仕切られている棟だった。備え付けのアルコールジェルで手の殺菌をしているので、芳乃もそれに倣った。 「小児科?」 「うん」  神崎はある病室に入った。外の名札をちらっと見ると「神崎 馥」と書いてある。 ──神崎の弟か妹? 「(ふく)、元気か?」  病室に入るなり神崎は芳乃が今まで聞いたことないような甘い声を出した。ベッドの上の子どもが本を握ったまま顔を上げている。 「お兄ちゃん!」 「父さんと母さんは?」 「今日はお仕事の続きがあるって先に帰っちゃった」  一見、芳乃にはその子が弟か妹かわからなかった。目がくりっとした可愛らしい顔をしている。神崎の弟妹とはとても思えない。年齢は小学校高学年くらいだろうか。顔色は悪くないがとても華奢な体をしていた。 「馥、この人が学校の楽しいことをたくさん教えてくれるって」 「お兄ちゃんのカノジョ?」 「それは断じて違う」 「えっと? どういうこと?」  芳乃が神崎に尋ねると、彼はふっと同級生向けの無愛想な顔に戻った。 「俺の弟の馥。学校の楽しいことを知りたいんだけど俺が教えるには限度がある。大石さんだったらもっとたくさん知ってるから、馥に教えてあげて欲しい」  ふとベッド脇を見てみると、テーブルの上に少年マンガ雑誌が積んである。それに学習ドリルも混じっていたり。 「何を言えばいいの?」 「大石さんは放課後もクラスの人と遊んでるし、イベントごとも楽しそうにしてる。いわゆる『リア充』じゃん。あとテストの点が悪いときのことも馥に教えてあげてよ。こうならないようにってさ」 「知ってたの?」 「有名だよ。それに後ろの席から見えるし」 「はずかすー!」 ***  馥の体力を考えて面会時間ぎりぎりまでいることはしなかった。病院を出るとすっかり日が傾いていた。 「突然ごめん。嫌じゃなかった?」 「全然! 神崎と馥くんの役に立ててよかった。また会いに来ていい?」 「馥に聞いておく。オーケーが出たらいいよ。駅まで送る」 「もしかしてあのプレゼントって、馥くんに話をすることに対する報酬だったの?」 「というより餌」  芳乃は少し疑問に思うことがあった。 「ねえ神崎。言いにくかったら言わなくっていいんだけど、馥くんって何の病気なの? 見た感じ華奢だけど不健康ってほどじゃないし」 「病名はわからない」 「うん?」 「大石さん、さっきその鎌鼬が踏まれたとき痛くなかった?」  神崎は神妙な顔をしている。芳乃はさっきのことを思い出し、その通りだったので頷いた。 「馥はまだ自分の〔パラレル〕を見たことがない」 「それが何の関係があるの?」 「馥の虚弱の原因がもしかして馥の〔パラレル〕にあるかもしれないって」 「え?」 「医学的な根拠はないからそう診断はされないけど誰もがそう感じてるし、星霜もその可能性はあるかもしれないって言ってる。平行世界で馥の〔パラレル〕に何かが起きているから、馥が健康を損なっているかもしれない」 「……」 「星霜は平行世界にいるときに馥の〔パラレル〕を探しているんだけど、どうにもまだ見つかってない」  もしかして神崎は自分が多少危険な状況になろうと、星霜には馥の〔パラレル〕探しを優先してもらっているのかもしれない。 「……見つかるといいね」  芳乃が思わず呟いた。それは本心だった。あんなに幼くて健気な子がそんな理由で苦しんでいるなんて納得がいかなかった。  気が付くともう駅に着いていた。 「大石さん、じゃあまた学校で」 「あ、神崎。『さん』付けじゃなくっていいよ。つか芳乃って呼んでもいいよ」 「……やだよ」 「あたしも神崎のこと呼び捨てだしさ。せめて『大石』にしてくれない?」 「わかった」 「んで、大丈夫かな。さっきのあいつら学校で神崎のことまた虐めたりしないかな」 「大丈夫だろう。あいつら〔パラレル〕の力の差が人間の力の差だと思ってるし」  改札のところで一言二言交わすと、お互いに背を向けてそれぞれの帰る方向を目指し始めた。 ──あのポーチはあたしにくれたし、早く帰る理由は馥くんだったし。つまり神崎に彼女はいなかったってこと?  芳乃はまだ自分の想いが玉砕していないことを確信した。それどころか、クラスでは自分が一番神崎に近いところに居るのではないかと思った。 ──神崎の隣を狙っちゃおう  芳乃はこみ上げる笑いを抑えられなかった。 【了】
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