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湯下さんがいる限り全滅は避けられる。
そんな唯一の希望だという意味で思い浮かべると、圭がひと際大きな咳払いをした。
「それ、北海道育ちの俺が寒さに負けるわけない!って証明するため半袖短パンで草野球して一週間寝込んだ過去を持つ湯下さんのこと言ってる?」
そうだ、彼は真のおバカさんな面も持ち合わせていた。
ちょっとでも調子が悪くなった途端『風邪?んなわけないない、ちょっと寒中水泳して治してくるわ』と張り切り、そのまま病院送りになる湯下さんが脳内を横切る。
「せめて光江さんにはうつさないようにね、小さいお子さんいるんだから」
全ての元凶は野上編集長だとしても、圭を介してさらに範囲が広がれば被害は仲間内だけじゃ済まない。
路地裏の締め切りはちょうど当週だし、それこそ休刊の危機だ。
のど飴かなんかあったかな、とそれぞれの編集部に向かう分岐点で鞄の中を探ってみると、ふと圭が私を見つめた。
「何?」
「そうならないように、先に違う奴にうつしとくかと思って」
「・・・えっ?」
片手でマスクをずらし徐々に近づいてくる圭に、何がどうなっているのかわからず、飴を探す手を止めて見つめ返す。
やっぱり熱もあるのかもしれない。
今までに経験したことがないほど距離が縮まった瞬間
「引かなそうな奴にやっても無駄か」
バチッと額を叩いてきた手の温度は、まるっきり正常だった。
鞄に手を突っ込んだまま固まる私を残し、圭がひらひらと手を振って去って行く。
何アイツ・・・眼鏡野郎に弟子入りでもしたわけ?
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