第1章

2/7
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/7ページ
窓から入って来る幽霊  空間を長方形に切り取ったガラス窓から入ってくる、太ってぶよぶよの弱い太陽の光と、鼻腔≪びくう≫に忍び込んで、生乾きのワカメを連想させるようなツンと刺激する潮の香が、部屋を覆っていた。  夕闇が、音もなく忍び寄って来ていたのだ。  全身をなめ尽くすような視線が、山下 勉≪やました つとむ≫を無理やり目覚めさせた。  彼は、もう薄暗くなった窓に向かって、二階全体を揺るがすような大声で、一人言を吐いた。 「何だか、嫌悪感を押し付けてくるような、重くて憂鬱な気分だなぁ。しかも、長い間、誰かにジーッと見詰められているような気がする。まだ、夢を見ているのかなぁ? 俺は!」  刻一刻と太陽の灰色っぽいオレンジ色が、彼の部屋全体を占領してくる。 「ああああああぁぁぁぁ、ふああああああああぁぁぁぁ……」  勉は、顎が外れる程の大欠伸≪おおあくび≫をし、頭を何度も何度も左右に振り、奇怪な夢の記憶を追い払おうとした。だが、それは無駄な行為に終わった。悪夢の残さいが、彼の脳から去らなかったからだ。今度は、排気ガスが薄く汚した天井に向かって、家が壊れんばかりの大声で喚いた。 「馬鹿野郎―。卒論の大馬鹿! 馬にけられて死んじまえ! クソッタレ! アホタレ!」  めちゃくちゃな言葉を並べ立てて、今までにたまりにたまったウップンを、ほんの少しだけ減少させた。  ここは二階だからガラス窓を開けているので、いつの間にか天井だけでなく、畳まで排気ガスがその勢力を徐々に拡大させている。だから、勉はウップンばらしの代償に、排気ガスを大量に吸い込んでしまったのだ。急に喉がいがらっぽくなり、二、三回大きな咳をしたので、天井の隅で陣取っていた小さな蜘蛛を、またもや驚かせた。  今度は、天井に向かって思いっきり喚いた。
/7ページ

最初のコメントを投稿しよう!