第1章

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 閉め切った窓から、まるでクジャクの羽根のように美しいストレートヘヤーを、腰まで垂らしている女性が、後ろ姿だけを部屋に入れてきた。すると突然、生ゴミに似た腐臭が、彼の周囲にネットリと漂ってきたのだ。口の中には、錆びた鉄の味が忍び込み、ぺ、ぺ、ぺ、ぺ……と何度もツバを吐き出したが、そのむせるような複雑で奇妙な味は、口の中に残ったままだ。  でも、Hな期待で、彼の心臓はバク、バク、バク、バク……して、今にも破裂しそうだった。女性に興味を持っている点では、世の男性に劣らない。いや、むしろ、性欲では異常な部類の男性に属するだろう。  不覚にも、彼はヨダレを大量にこぼした。 (きっと美人に違いない。何とか出来ないかなぁ)  ほんのわずかな時間だが、性欲に起因する様々な願望が、勉の頭の中を全て占領した。    一般的には、友達あるいは先輩に連れられて、芸妓屋、遊女屋が集まっている花街≪かがい、はなまち≫に行き、所謂≪いわゆる≫「筆おろし」をするものだが、大人になった勉には、誰一人としてそのような人はいなかったので、自ら何度も当時はまだ違法ではなかった明石にある赤線にかよったのだ。勿論、国鉄(今のJR)を利用して、神戸市兵庫区福原町にあった遊廓にも、何度か足を運んだ。  福原の遊廓は、明治元年に現在の神戸駅付近で開設したが、明治五年、鉄道敷設により現在地の旧湊川右岸の福原町に移転した。最盛期には、貸座敷が百六軒、娼妓九百三人いたが、神戸大空襲で焼失し、戦後、赤線に移行した。  ところが、千九百五十八年の売春防止法で、遊廓は廃止された。現在では、ソープランド等の性風俗店がひしめく歓楽街になっている。    さて、ここで話を巻き戻そう。 (でも、いくらなんでも相手が幽霊じゃなぁ。さすがの俺でも、やっぱりご遠慮願うよ!)  そう思った途端、彼は、またしても全身が凍えるような寒気に襲われ、しばらくして、全身がブルブルと震え出し、最悪の気分に陥ったのだ。……強烈な吐き気すら催して畳にゲロ、ゲロ、ゲロ、ゲロ……と音を立てて吐いてしまった。
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