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その声に綾乃の体が一瞬強ばる。 息を吐いてゆっくり声の方に振り返った。 病室のドアを背に白衣の男が立っていた。 「院長先生。先日はご参列下さいまして、ありがとうございました。」 綾乃が席を立ち軽く会釈をすると、院長と呼ばれた男は「いや、こちらこそ。」と薄く笑いながら後ろ手でドアをロックした。 この病室は院長室の横に設けられている。看護師長から聞いたところでは、何事かがあれば院長自ら直ぐに駆けつけることが出来るように作った要人専用の病室らしい。綾乃の母は事故で動かなくなって以来、ここにいる。 笑いを貼り付けたままベッドに近づくと院長の手は病人ではなく綾乃の髪に触れた。 セミロングのストレートをさらりとこぼした後、綾乃の頬に指を這わせる。綾乃はまたか、と内心うんざりした。 この初老の男は黙っているといつまでも頬と髪を触り続ける。嫌だと言ってもニタニタと笑いながら続けるのだ。 「喪服姿の君も中々セクシーだったが、やっぱり君にはいつもの白のワンピース姿が一番似合うね。」 手はそのまま綾乃の髪を弄びながら、ちらっと患者の顔を見た。 「相変わらず無反応だよ。指一本動かない。まあ本人は動かしたいだろうけどねえ。それどころか」 指をそのまま綾乃の顎にかけ上を向かせる。抗う間もなく腰を引き寄せられ、あっという間に男の腕の中に閉じ込められた。 「娘にこんな不埒な事をするおっさんを怒鳴り散らしたいだろうねえ。この気の強い母上は」     
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