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3年前この学校に赴任してきた衛は、まず公立高校にしては立派なこの温室に驚いた。特別教室棟の脇に建てられた、天井の高い大型ガラス温室。
そしてまた、その放ったらかしで荒れ放題の有様にも驚いた。
ガラスは割れ、ところどころに菓子の袋やジュースのペットボトル、あろうことか煙草の吸殻やビールの空き缶まで散乱している。そしてそこに住まう植物たちはほとんどが枯れるか、またはでたらめに伸び放題になっているかのどちらかだった。
割れたガラスを、じゃりじゃりと踏みながら奥へ進む。最奥のガラスは比較的無事で、日の当たるそこには誰が持ち込んだのやら古びた革のソファが置かれてあった。
どこから手をつけようか。
荒れてはいるが、基礎はしっかり造ってある。再生させることができれば、生徒たちにとって素晴らしい憩いのオアシスになるに違いない。
ソファに腰掛け、ぐるり落ち着いて見渡してみるかと近寄ると、思いがけずそこにはすでに先客がいた。
大きなソファに、丸くうずくまって寝ているその姿。衛の気配に気がつくと、その少年はもそりと首だけこちらに向けて、不機嫌そうな声を小さく吐いた。
「あんた、誰」
何かに似ている、と衛は思った。何か、とはすぐには掴めなかったが、それはおそらく嫌なものではないはずだ。
明らかに自分より年下の10代。着崩してはいるが、制服を身につけているとなるとこの学校の生徒だ。正直、褒められた口のきき方でも態度でもなく、その身なりでもなかったが、なぜか衛の顔には微笑みが自然に浮かんた。
「私は、今度この学校で世話になる生物の教師だ」
ふぅん、と、眼をくるりとさせて彼を眺めたその生徒は、それだけでまたうずくまり瞼を閉じてしまった。どうやら、昼寝の最中らしい。
「邪魔したな」
温室をじっくり見るのは、また今度だと、衛はきびすを返した。そんな彼の去りゆく背中に、声がかかった。
「ねえ」
「何だ」
「怒ンないの?」
「別に」
先に居たのはお前だろう、と衛は振り向きながらそう言った。
「また、来るの?」
「来てもいいか」
じっと、窺うような視線。そこで衛は、この少年が何に似ているかに気付いた。
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