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土を運んではキツイと愚痴り、肥料を与えては臭いと罵り、剪定した枝に足を取られては危ないとぼやいていた陽だったが、その顔つきはとても明るく生き生きとしていた。
「ね、マモル。帰りにクレープ奢ってよ」
「帰宅時の買い食いは、校則違反だぞ」
「秋月先生と一緒だから、いいんだもん。先生が食べろっていったから、仕方なく食べるんだも~ん」
「こんな時だけ、先生扱いか。困ったヤツだな」
二人でおやつをパクつきながら家路を歩く毎日が、日課となっていた。楽しい日々が、続いていた。
こんな日々が、いつまでも続くと思っていた。
陽は折角の新しい高等学校になじめなかったのか、1年生の初夏の頃から次第に怠学し始めたのだという。抜群の成績で入学してきたにもかかわらず、だ。
「何かあったのか、何が気に入らないのか、って随分心配したんだけどねぇ。ちっとも答えてくれないのよ~」
放課後の、ざわついた職員室。衛の斜め向かいに座る、英語教師の左近が爪を磨きながらそう話す。
この口調、この化粧、このネイルでありながら、彼はれっきとした男性だ。いわゆる『オカマさん』なのだが、しっかり同性愛者であることをカミングアウトしている肝の据わった男だ。
衛がバイセクシャルだという事も、彼はすぐに勘付いた。なかなかに油断ならない、しかし今では校内で最も気の置けない間柄になっている。
二人の共通の話題は、ほとんどあの眠り猫・陽の事だった。
遅刻に、不登校に、授業のサボり。喫煙に、飲酒に、挙句の果ては怪しい薬物にまで手を出し始めていたらしい。
「さすがのアタシも、その時はカンカンになって叱ったわよ。まだ若いのに、そんな地獄に堕ちちゃダメ! ってね」
陽が問題を起こすたびに、この左近が何とか庇ったおかげで退学にならずに済んだのだ、とは、幾度か話をするうち衛も気づいたところだった。
「単位も出席日数も足りなくって、結局留年。年下の新入生と、もう一度1年生のやり直し、って決まった時には随分荒れたわ。あの子」
そして2度目の1年生を迎えるところで、衛に出会った。
これも何かの縁だったのか、と今になって衛は思う。友達もおらず、家にも居つかず、何にも興味を持てないまま、ふらふらと根無し草のようにさまよっていた陽。
そんな彼が、なぜか自分に興味を感じたらしく、やけに絡んでくるようになった。
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