仰げば尊し

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 進路が決まって卒業したら、もうマモルに会えなくなるじゃん。  マモルが、僕の傍からいなくなっちゃうんだ。  しまった、と、眼の前が急激に暗くなっていった。 「マモルは、僕なんか早く卒業すればいいと思ってるんだ。早く出ていけ、って考えてるんだ」 「どこをどう突っつけば、そういう発想が出てくるんだ?」  また、思ってもいないことを、この口が勝手に喚き散らす。  卒業したくない。マモルに会えなくなるのが淋しい、と素直に言えればいいのに。 「卒業までに、お前のクラスで授業ができるのはあと1回だけだ。最後の授業は、ちゃんと……」 「マモルの馬鹿ッ!」  がばとソファから跳ね起き、あっという間に陽は温室から出て行ってしまった。  心配に感じた衛はその夜、陽の家まで足を運んでみたがベルを鳴らしても誰も出ず、しばらくその場で待っていても明かりは灯らなかった。  そして、最後の授業。  陽は、やはり席についてはいなかった。  卒業式当日。  講堂へ入場する直前に、陽はだらしなく緩ませていたネクタイを、衛の手によって締め直された。 「せっかくの晴れ舞台だ。胸を張って行け」 「……ん」  言葉が喉に詰まって出てこない 。顔もまともに見られない。  何か話すと、衛の顔を見ると、もうその場で涙が溢れてきそうだったから。  おごそかに、式典は過ぎてゆく。  校長の祝辞も、3年生代表の感謝の言葉も、全く耳に入らない。頭の中は、眼の前を過ぎゆく自分の卒業式などではなく、3年間を共に過ごした衛との思い出だけだった。衛のことで、頭も胸もいっぱいだった。  いつの間にか卒業式は終わり、教室へと戻り、担任やクラスメートたちとの最後のホームルームを過ごした。その場には、副担任として礼服に身を包んだ衛がすまして立っている。  似合わないな、あんな格好。  いつでも土いじりができるよう、作業服を着て教壇に立っていた衛。さすがにそれはあんまりだと、左近先生に、せめてその上から白衣を着るようにって叱られたんだっけ。  彼が何か言っている。  卒業するみんなに、門出の言葉をかけている。  マモルの馬鹿。  僕だけに、何か言ってよ。  僕だけを、見てよ。  マモルなんか、嫌いだ。  マモルなんか、大嫌いだ。
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