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バレンタインなんて大嫌いだ。
そう言いながら、彼はいっそ芸術的なほど繊細なケーキをつくっていく。取材に来た私とカメラマンなどまるで存在しないかのように作業に没頭する姿は、まるで真摯なショコラティエそのものなのに。
1年の中でもっとも店が脚光を浴びるであろうこの時期に、堂々と彼は悪態を吐く。
「だいたい、失礼だと思わないんですか」
「今回の取材に関してですか?」
「チョコレートに対してですよ」
はあ、と私の背後にいたカメラマンが気のない声を吐くのが聞こえた。厨房にいるこの店のスタッフですら、苦笑して肩をすくめている。
「やれ告白だ、やれ友チョコだのとここぞとばかりに持て囃しておきながら、そのじつチョコレートそのものを楽しむ気などさらさらないんだ」
「そうでしょうか」
「そうですとも。実際、常連のお客さまはバレンタインには来店しないことがほとんどですから。
彼らはチョコレートを買いに来ますが、それ以外はバレンタインを買いに来るのです」
だからバレンタインは嫌いですね、と彼は重ねて悪態を吐く。私はボイスレコーダーを彼の方に向けたまま、なるほどとその指先を眺めていた。
まるで魔法使いの杖みたいにくるくると動く彼の指は、出来上がったケーキの上に一輪の花を咲かせていく。チョコレートで出来たその花は五分咲きで、周りをうやうやしくクリームで飾られていた。
「バレンタインが嫌いというより、チョコレートが好きすぎるんじゃないですかね?」
私と彼以外のその場にいた全員がどっと笑って、カメラマンが私の背中を強めに小突く。彼は一瞬だけきょとんとした顔をしてから、よく言われますとほんのりと顔を赤らめていた。
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