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帰り支度をしていると、さっきまで残業していた古田先輩に声をかけられた。私は顔を上げて何もないですよ、と白を切る。
古田紘。赤い眼鏡がトレードマークの先輩。
名前が彼と一緒だから、自己紹介されてすぐに名前を覚えた。一瞬彼かと思ったけど、この世に何人紘さんが居るのだろうと気付いて考えるのを止めた。そもそも彼と先輩は苗字が違うのだから、同一人物なはずがない。
「それよりも、先輩まだ残ってたんですか」
「そりゃ普段残業をしない後輩が、1人で残業してたら心配にもなるよね。終わるまで待ってたらもうこんな時間だし。ところで、誰に逢いたいの? 彼氏?」
興味津々な先輩に、私は思わず溜息が出そうになる。10時間労働の後なのに、何故この先輩はこんなにも元気なのだろう。私に先輩の10分の1でも良いから、元気を分けて欲しい。
「彼氏なんて居ませんよ。幼馴染みに会いたいなと思っただけです」
「……幼馴染み、ねぇ」
含みを持たせた言い方をした先輩は、そう言って視線を私に向ける。レンズ越しの彼の目は、何か言いたげなように見えた。
「その子が、俺と同じヒロって名前なんだ?」
「どうして紘のこと」
「さっき呟いてたよ。忘れたの?」
クツクツと笑う彼は、非常に愉快そうだ。
家に帰って早く休みたいし、彼には悪いけど話しながら帰り支度を続けよう。
「その幼馴染みは、今どこ?」
「分かりません。もう20年も逢ってないので」
探しようも無いですよね、と私は目の前の書類をファイルに片付ける。
本当は案件ごとに分けて整理しなきゃならないけど、明日に回そう。もう頭は帰ることしか考えていなかった。
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