【1.“ロシュツキョー”】

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細長い脚のどこに、あれだけの初速を生み出す筋力が備わっているのか。縦横無尽のフットワーク。狭いリングの中で、シャドウボクシングをしているようにしか見えない。しかし、彼女は今まさに眼前ではためく邪悪なアゲハ蝶と戦っている。超高速回線を通じ、彼女の動きと同期したミクロマシーンが、10,900キロメートル離れた場所で躍動しているのだ。一方、某地方都市の市立小学校体育館では、女がフィールド内を跳ねるたび、茶色い長髪が空間に拡がっては落ちを繰り返す。裸足の指先が床を噛む。顔はいたって涼しげ。 少年たちのディスプレイに移っているのは仮想フィールド内映像だ。地下闘技場のケージリングみたいな立方体フィールド内で、対峙する1体のロボットとモンスター・バタフライ。バケモノみたいにデカいアゲハ蝶は翼をはためかせながら、フィールド内を移動する。しかし、その3次元方向への動きと羽の動きには何の関連性もない。なぜなら本物のソレウス構造体には翼なんてないから。4本の触手のついた長めの三葉虫。それが顕微鏡で見たソレウス構造体の真の姿。でもわざわざ仮想ヴィジュアルを製作するときに気色の悪い形をそのまま再現する必要はない。4枚の羽根はただの飾りだ。先輩にどんなヴィジュアルがいいか、と聞くと「アゲハ蝶がいい」と言った。そういうことに無頓着な人だと思っていたから、部員一同少なからず驚いた。でも戦うのは先輩だから誰も文句なんて言わなかった。 ソレウスキラーを品定めするように、フィールド内を周回するソレウス構造体。今にも触手を伸ばしソレウスキラーを捉え、細胞膜をやすやすと貫くことができる強靭な口吻を、ボディに突き立てるタイミングを図っているのだろう。もしくは繰り出される攻撃を避け続け、バイオシールドが崩れた頃、逃げる算段でもつけているのか。先輩が操縦する機体は、ソレウス構造体と一定の距離を保ちながら奴を仕留める隙を待つ。与えられた時間は8分間しかない。
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