【3.ここにいていい理由】

1/9
12人が本棚に入れています
本棚に追加
/132ページ

【3.ここにいていい理由】

「なに考えてるんですか……!」 大学病院の待合室で、処置を終えたばかりの華山先輩に怒鳴ってしまった。夏風邪の少年と付き添いの母親がこちらを一瞥する。 華山先輩はリノリウムの床の一点から目を離さないまま、静かに言った。 「……ごめん」 「次戦まであと3週間しかないんですよ? うちは先輩しか操縦者いないんですから、自覚持ってください……」 バイクでの転倒。自損事故だった。雨に濡れた路面で滑ったらしい。バイクは投げ出された先輩を置いて滑っていって、ガードレールに衝突。バイクはお釈迦。怪我の診断結果は、前腕橈骨の骨折。肘から先の、親指側の骨がポキリと折れたらしい。手術するほどの怪我ではなかったが、腕には重々しいギプス。全治5週間。右腕が動かせないとなるとソレウス構造体を捕捉できない。次戦は厳しいだろう。 頭が熱い。握った拳がヒリついていた。ヨウジロウが僕の肘を引いた。マドカが僕を睨んでいる。僕は自分がやってしまったことを察して、ヨウジロウについて病院の外に出た。華山先輩を見られなかった。冷静さを欠いた自分を恥じた。病院の前であることも御構い無しにヨウジロウは黙ってタバコをふかす。しばらくして病院から出てきたマドカに、もちろん、叱られた。丸眼鏡の奥が潤んでいるように見える。 「先輩はソレウスキラーのことしか考えてないんですか」 マドカの言うことは正しい。まず仲間の怪我を心配するのが人間として当たり前だ。華山先輩だって次戦が近いことなんて分かっているし、そんな時に事故を起こしてしまったことに少なからず罪悪感があったはずだ。そんな先輩に僕は「ごめん」という3文字を言わせてしまった。その言葉を言うべきなのは僕の方だった。ひとり、病院に戻ったが、先輩はもういなかった。
/132ページ

最初のコメントを投稿しよう!