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木々に囲まれた細い道をぐねぐねとどこまでも黒塗りの高級車と数台の車が連なって登って行く。
「こんな高級車に乗るのは後にも先にも一度きりだよ」
黒塗りの車の助手席に座っている初老の男が呟いた。
「なぁ、春子よ。今日は何とも特別な日だなぁ」
やがて、道が途切れ、小さな建物が姿を現した。車が入ってくるのを確認すると、スーツ姿の職員数人が深々と頭を下げる。
そして、助手席のドアを静かに開き、
「お疲れ様でございます。喪主様でいらっしゃいますか?」
と初老の男に声をかけた。
*
火葬場。
職員に妻・春子の写真を預け、車から降りる。
霊柩車のトランクからは柩が台車に乗せられ、その台車に続いて館内へと誘導された。
「それではこれより告別式を行います」
葬儀会場で一度閉めた柩の蓋が再び開かれ、先ほど会葬者の方々からお別れに入れてもらった色とりどりの花々の中で眠っている春子が姿を現わした。
「あぁ、美しいなぁ、春子よ…」
こんなに綺麗に化粧をしている妻はいつぶりだろうか、大好きな花たちに囲まれてより一層華やかに見える彼女はまだ実は生きていて、「あら、どうしたの?」なんて目を覚ましそうだ。
すすり泣きが聞こえ、息子たちや孫、親族を見まわすと涙を流していた。
通夜、葬儀と立て続けの行事の喪主という立場で忙しく、感傷にふける暇さえ与えられなかったが、その涙で現実に引き戻される。
春子は、死んだのだ。
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